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受講生による 『3分間スピーチ』 (一部抜粋)

22.『問題は小さいうちにその芽を摘め』   塾教師/30代 (男性)

23.『姿勢を正すことは心を正すこと』   自営/40代 (男性)

24.『やってみて判る』    会社員/20代 (男性)

25.『良い人間関係こそ自分の人生を豊かにする』  会社員/30代 (男性)

26.『試練を乗り越え成長できた』    経理事務/20代 (女性

27.『会津駒ケ岳山頂で見たもの』 自営業/40代 (男性)

28.『朝の大切さ』    派遣社員/20代 (女性)

29.『やったことは無駄にならない』   会社員/20代 (男性)

30.『コミュニケーションの大切さ』    大学生/20代 (女性)

31.『落下物は命を奪う』  専門学校講師/30代 (男性)

32.『身近な人にこそ感謝を』   会社員/50代 (女性)

33.『人の優しさを感じた』  主婦(パート)/40代 (女性)

34. 『口約束よりも行動』    派遣社員/20代 (女性)

35.『肩書きで人は判断できない』  スポーツインストラクター/30代 (男性)

36. 『悩みは一人で抱えるな』  看護士/40代 (女性)

37. 『チャンスは見逃すと後で後悔する』   自営/40代 (女性)

38. 『人を褒めることは自信を与え才能を伸ばす』   会社員/20代 (男性)

39. 『誉められた、嬉しかった、感謝した』  地方公務員/40代 (男性)

40. 『家族は信頼しあい、助け合おう』    会社経営/50代 (男性)

41. 『人の批評を気にするな』    会社員/30代 (男性)

42.『感謝する事で素直になれる』     主婦/40代 (女性)

43.『話し方を学んでみて』―2つの成果と一つの後悔― 会社員/60代(男性)

44.『ずっと忘れないよ』     大学生/20代(女性)

45.『私の家族のへんな風習』     大学生/20代(女性)

46.「マイナスの出来事をプラスに変える」    会社員30代(男性)

47.「きっかけは挨拶から・・」   会社員30代(女性)

◎受講生による 『3分間スピーチ』 (1〜21はこちら)



21.『秋になると思い出すこと』    銀行員/30代 (女性)

 バリバリ明るく仕事をこなすその先輩にあこがれていた。その先輩と少しでも話しをしたいから あまり興味もないお茶を一緒に習うことにした。その先輩に対する憧れが尊敬に変わったのは、 その先輩は一度も人様の悪口を聞いたことがない、ということでした。
 
  1 0/23(明日)がその先輩と最後に言葉を交わした最後の日です。
毎年この時期のなるとその先輩を思い出し、自分も少しでもその先輩に近づけたかな、と思うのです。

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22.『問題は小さいうちにその芽を摘め』      塾教師/30代 (男性)


 埼玉県川口市の市道で保育園児の列にライトバンが突っ込み、4人が死亡、1人が重体、保育士2人を含む12人が重軽傷を負った事故が起こった。原因は運転手がカセットテープを取り替えるために、脇見運転をしたためだという。突然、幼い命を奪われた家族の悲しみは如何ばかりか推し量ることさえ出来ない。同情の念を禁じえない。このような事故を起こした加害者は当然許されるものではないだろう。
 しかし、このニュースをよく聞いてみると見逃してはならないことに気が付いた。それは次の3点だ。この事故が起きた現場は次のような特徴があったそうだ。
一、 歩道がない。
二、 ガードレールもない。
三、 道幅が狭い。
四、 なんと制限時速が60kmということだ。
 このことを皆さんはどうお考えになるだろうか?私はこのような道路では、今までもヒヤリとする瞬間が何度もあった筈だと考える。例えば、工場、工事現場などでの大事故を調べてみると次のような兆候があるという。先ず大きな事故の前には中規模の事故が数回起こっている。叉その前にはその何倍もの小さい事故が既に起きているというのである。
 ここに大事故を防ぐかカギがあると思う。大事故を防ぐには、それ以前の中事故やちょっとした小さな事故を見逃さないことではないだろうか?そして小さな事故が起きている内に、適切な処置を遅滞することなく即、施すことではないだろうか?
 今回の痛ましい交通事故も、それまで危ない場面があった時に適切な対応策を考えるべきであっただろう。例えば、危ない場所だと判断がついた時点で、公園へ行く経路を変更すべきであっであろし、行政に制限速度の見直しやガードの敷設などを要求することも必要であっただろう。
 この園にも朝礼やミーティングがあるはずだ。厳しい言い方かもしれないが、その時、職員が提言しているのだろうか?『あの道は危険ですから順路を変えたほうがいいのではないでしょうか』とか、『先頭と最後尾は大きな黄色の旗を持ち持ちましょう』などだ。
 加害者の運転手が決して許されるものではないことは当然だが、園の関係者がこのような危険な場所をどこまで問題視していたのか私は知りたい。もし、万が一分かっていながら安易に考えるような園の体質であるならば加害者の運転手同様、罪は重いといわざるを得ない。
 このようなことは決して対岸の火事ではない。これを他山の石として、自分達の地域・職場・学校・家庭でも十分注意しなければならない。常に目を配り、小さい問題のうちに、その芽を摘み取る姿勢が大事だと思う。


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23.『姿勢を正すことは心を正すこと』      自営/40代 (男性)

 私は22年間IT関係のエンジニアをしております。毎年、春には恒例の新人研修が行われております。ある日上司から『Sさん、明日、新人にエンジニアの立場から話しをしてくれ。』と言われました。本音は人前で話すのは自信がないので、お断りしたかったのですが、断ると出来ないから逃げている、と思われるのも嫌でしたので『私でもよろしいのですが、他にも適任者がいますよ。例えばKさんやFさんとか・・・。』とお答えしました。すると、すかさず上司は『彼らにはもう頼んであるから。』と一蹴されてしまいました。私は一瞬『失敗した。言うんじゃなかった。』と内心思いました(笑)。私の戸惑いの顔が上司に読み取られないように、『そうですか、分かりました。』と冷静を装い答えました(笑)。
 それから明日一体何を話せばいいのだろうか、と考えれば考えるほど、ことの重大さに不安が募りました。新人80人の前で私が何を話せばいいのだろう、それを考えると仕事が手につかなくなってしまいました。
 とうとう当日。私は新人の前に上司や同僚とともに座り、司会の方が進行していく中、自分の番が近づくのを待ちました。他の人の話しはほとんど意味が分かりませんでした。いよいよ司会の方が『それではSさん、お願いします。』と言う呼びかけに私は壇上に立ちました。不安は的中し、何を話したのか、ほとんどまとまらないまま話しを終えました。新人の前で大変恥ずかしい思いをしてしまいました。恥ずかしさのあまり人前に出ることさえ辛くなりました。
 それが私が話し方教室に通うことを決意した理由です。
 話し方教室では『先ず形を覚えてください。』とご指導を受けました。『スピーチは順番を待っている時からすでに始まっているのです。待っているときは意識的に腹式呼吸をし、背筋を伸ばし、胸を張って堂々としてください。形が心に影響します。』私は半信半疑、言われるままに行いました。そして家でも姿勢を正し、呼ばれたら大きな声で返事をし、最初の挨拶等、立ち振る舞いを無意識に出来るように練習しました。
 翌週のスピーチで実際に練習したように行ってみました。すると自分でも驚いたことに落ち着いてスピーチをすることが出来ました。先生からも『随分よくなりましたね。』と言っていただきました。他の受講生からも『全然上がっているように見えませんでしたよ。』『堂々としていましたね』と言っていただきました。これほど嬉しいことはありませんでした。あれ程人前で話しが出来なかった私が、3分澱みなく話しが出来ました。これは私にとって最高の自信に繋がりました。今までの私は、姿勢のことなど考えてもみませんでした。とにかく失敗しないように失敗しないように、ということしか考えていませんでした。しかし、立ち振る舞いを正しくすると言うことが如何に大切かを知りました。
 今、話し方の勉強も仕事も全く同じだと思います。正しい理論と練習を積み重ねることにより≪やれば出来る≫を実感しました。話し方の勉強は私に多くのことを教えてくれました。


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24.『やってみて判る』   会社員/20代 (男性)

 私は時間が出来き、お金に多少余裕があれば八ヶ岳のリゾートマンションに行きます。自炊をするので何日泊まっても費用が嵩まないのが魅力だ。地元の野菜・果物・卵なのど食材はは農家の人が持ち寄り朝市で売っている。だから新鮮で格別だ。
私は毎回訪れるたび毎朝、散歩がてら必ず朝市に寄っている。そして、気に入った食材を買い、新鮮な牛乳を飲んでマンションに戻る。それが朝の日課だ。
 話し方教室に通って以来、初めての今回の滞在で1日に2つの体験をした。
話し方教室で『挨拶』の重要性を教えていただいたので、今回は意識して声をかけた。『おはようございます。お母さん相変わらず元気そうですね。』『あら、いつから来ているの。いつまでいるんだい。お茶でも飲んでいきな。そうそう、私がつけた漬物持っていきな。それにこれアケビ、食べてごらん。皮は乾燥させてせんじて飲めば膀胱炎にいいんだよ。』私は驚きました。これほど私が話し掛けられたことがなかったからです。
 午後は車でドライブをしました。通り沿いにいつものお店が出ており、きのこ汁を賞味しました。東京ではありえないほど具沢山のキノコ汁は本当に体を温めてくれます。このお店も過去に何回か来たことがありましたが、≪先手の明るい挨拶≫を心掛けました。そして食べ終わって食器を渡しながら、『最高に美味しかったよ。ご馳走様!』と一言加えました。するとどうでしょう、『これ持って行き!』と自分の畑で取れた大根2本をくれました。
 その日1日に2つの体験をして思いました。そしてこの2つの体験は私には偶然とは思えないのです。たかがキュウリの漬物と大根かもしれませんが、私に大切なことを教えてくれました。今まで自分は挨拶はしているし、特に困ることもないと思っていました。しかし、今回のことで今までの挨拶は義務として機械的な、必要最低限の挨拶であったんだな、心がこもっていなかったな、と思い知らされました。このことは≪先手の明るい挨拶≫をしなければ永遠に気が付かなかったことでしょう。逆にいうとしたからこそ気が付いたのです。
 正に、『論より証拠』です。やってみて初めて知ることの多さにもっともっと謙虚にならなければいけないと思いました。

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25.『良い人間関係こそ自分の人生を豊かにする』   
会社員/30代 (男性)


 先週の日曜日、私は妻と一緒に外に夕食を食べに行きました。ある中華料理店に入りました。夕食時間には少々早かったせいもあってか店はあまり混んでいませんでした。二人がけのテーブルもありましたが、ウエイトレスの方は私共を4人がけのテーブルに案内してくれました。それでも4人がけのテーブルが二つ余っておりました。早速ビールと料理を注文しました。ビールを飲みながら食事を楽しんでいると、運悪く4人組のお客が2組続けて入ってきました。ウエイトレスさんが、「すみませんが席を移ってくれませんか?」と言ってきました。私共は直ぐ「ハイ、いいですよ!」と答え腰を上げました。「すみません」と恐縮するウエイトレスに「いいんですよ、問題ないですよ」と答え空いているカウンター席に移りました。
  しばらくするとウエイトレスさんが、ザーサイと野菜の炒め物を持ってきました。「あれ、これ頼んだっけ?すみません、これ頼んでいないと思いますが?」「いいんです、サービスです」「そうですか、すみません」席を移っただけで感謝されたようでした。
  その後、美味しく食事も終わろうとしていた時、今度は焼酎のロックが運ばれてきました。再び「エッ?これ頼んでないよね!?」すると今度はカウンター越しにその店の責任者らしき中国人のコックさんがニッコリ笑って手で「どうぞどうぞ」と合図をするのです。私共は驚きました。
 店を出て妻が言いました。『あのコックさんもよっぽど嬉しかったのね。コックさんは一部始終を見ていたのよね。』
 話し方教室で先生の仰った、『自分の人生を明るく輝くものにするのも、暗く惨めなものにするのも全ては“人間関係”が良いか悪いかで決まります。』と言う言葉を思い出しました。確かに中には“俺の方が先に来て、何でこっちが移動しなきゃいけねぇんだよ”と文句の言う人もいると思います。しかし、この世の中、明るく楽しく生きるためには人間関係が大事です。
  これからも人間関係を良くする努力を忘れずに少しでも自分達の生活を豊かなものにしていきたいと思います。

ハロー話し方教室 模擬結婚披露宴

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26.『試練を乗り越え成長できた』     経理事務/20代 (女性)

 今から5年前のことです。私は父が経営する会社で事務として働いておりましたが、突然、経理の方が辞めることになってしまいました。経理の仕事は会社の心臓部のようなものです。しかし、急なことで、引き継ぐ方がいなく、大変なことになりました。
そんな時父が「A子、お前が経理を引き継いでくれ」と唐突にいうのでした。私はそれまで一般事務しか経験がなく、経理の知識も全くありませんでしたので、「無理よ。出来る訳ありません」と拒否しました。しかし、他に人がいなく止む無く私が事務を引き継ぐことになりました。最初は不安でたまりませんでした。何をどうしたよいか最初の2、3日は途方にくれるばかりで全く仕事に手がつかないほどでした。しかし、会社の一大事にやるしかありませんでした。後ろから熊が追いかけ私は前に進むしか道はなかったのです。
 必死で取り組んでいるうちに、今まで経験したことのないような力が出てくるのを感じました。そして、簿記の知識も全くなかったのですが、税理士の方にも褒められるくらい早く覚えることが出来ました。そして、驚いたことにやってみて初めて判ったことが数多くありました。例えば、今の売上げは満足できるものか、もっと頑張らなければいけないのではないか?今の経費は現状に見合った止むを得ないものであるか?利益はこんなものでいいのか等々。一般事務の時には知りえなかった様々なものが見えてきました。
 私にとって大変な試練ではありましたが、人間いざとなると驚く力が出て乗り越えるものだと実感しました。また同時に、様々な知識を得ることが出来、且つその試練を乗り越えることによって自信も生まれたと思います。
今後もこの貴重な体験を無駄にすることなく、闇雲に出来ないとか、無理とか考えず試練は自分を成長させるものだと言うことを肝に銘じていきたいと思います。
 私はまだスピーチは自信ありませんが、スピーチもこの「やれば出来るの精神」で取り組んでいきたいと思います。
 

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27.『会津駒ケ岳山頂で見たもの』  自営業/40代 (男性)


 それは3年前の夏休み、妻と知り合いのアルゼンチン人、ロッキーと三人で会津駒ケ岳の登山に出かけた夜の時のことでした。私たちは夏とはいえ寒い山頂の山小屋に、毛布に体を包み横になりました。他の宿泊客も寝静まり、山頂の静寂の中、しばらくすると「ボッッ、ボッッ」と外から音がするではありませんか!宿泊客のだれかが「なんだ?」と声を漏らしました。しばらくして再び「ボッッ、ボッッ」と音がします。また別の人も「おい、あの音はなんだ」と声が聞こえます。私もしばらく様子を静観していましたが、その音は不規則に繰り返されるのでした。とうとう私とロキーは体に毛布を巻いて外に出ました。しばらく様子を見ているとその音の正体が分かりました。皆さん何だと思いますか?それは流星でした。流星がものすごい速さで流れる音だったのです。
 しばらく流星を目を凝らして観察をしていると、今度はロキーが「トム(ロキーは私をそう呼ぶのです)、上を見ろ!」と英語で私に言いました。満天の星の隙間からゆっくりと一定の速度で飛行する光る物体が確認できました。最初、私は判りませんでした。するとロッキー「トム、サテライトだよ」と教えてくれました。そうなんです、サテライト、つまり人工衛星が肉眼ではっきりと見えました。満点の夜空にゆっくり飛行する物体を眺めているのは何か異様に不思議な気分でした。「都会の空でも本当はいつも人工衛星が飛行しているんだな、ただ見えないだけで」と心の中で思いました。
 今でもその夜空の光景は忘れることができません。
 運動不足のあなた、ネオンの灯りばかり見ていないで、山の自然の星の輝きを見に行きませんか?山登りにはお金もかかりませんしメタボリックシンドローム対策にも最高です。一石二鳥ですね。

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28.『朝の大切さ』     派遣社員/20代 (女性)


 それは私が小学生の時のことです。
その朝私はいつものように妹と一緒に朝食を食べていました。その時です。傍らにいた母が「あらY子どうしたの?あんたどこか具合が悪いの?」と聞いてきました。「えっ、ううん何でもないよ」私はわざと元気なそぶりをみせて学校へ行きました。行く道々、母の鋭い洞察力に舌を巻きながら、「何で母ちゃん解かるんだろう」と不思議に思ったものでした。
そうなのです。その日学校では私の苦手な逆上がりの授業があったのです。「あーあ。学校行きたくないなあ」そんな私の気持ちを、母は見事に読んだのでしょう。
 大人になってその時の話をしたら、これまた完璧に母は覚えていて「だってあんたあのとき全然箸が動いてなかったんだもの。いつもは朝ごはんバクバク食べるあんたが浮かない顔してさ」「うん。つくづく母ちゃんには嘘つけないって思ったよ」。「そりゃそうだよ。いつもあんたの顔見てりゃ、直ぐ解かるよ」と言われ二人で大笑いいたしました。当時は母働いていて、朝はそれこそ戦争状態であったのにもかかわらず、私と妹の為に温かい手作りの朝食を用意してくれていました。それだけでも大変なことなのに、私の顔色まで見ていてくれたのだと思うといまさらながら、母の深い愛情を感じました。
 今日本の教育界は、大揺れに揺れております。いじめ問題、ゆとり教育による弊害、はたまた虐待問題と、親子間の断絶が叫ばれ大変由々しき状況でございます。
親子のふれあい、何もおおげさに構える必要はなく、朝、学校へ行く子供の背中をポンと一つでもたたいて 「今日も元気でいっておいで」と声をかけるだけで、子供は明るい気持ちで学校へ行く事ができるのです。
 朝という字は分解すると、十月十日という字になります。生まれてくるわが子を愛しく待ちわび、慈しんだ10ヶ月をもう一度思い出していただき、朝の親子のふれあいを大切にしていただきたいと思います。

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29.『やったことは無駄にならない』        会社員/20代 (男性)


 自分は小学生のサッカーをやっていました。それになりに自信もありました。いつもキャプテンとして試合で活躍していました。そんなある時、市で大きな大会が行われることになりました。そして選考会で正式に代表選手を選ぶことになりました。自分は今までの実績があるから、当然選ばれるだろうと密かに期待しておりました。しかし、結果は意外にも落選でした。「一体どうして?他の人は選ばれたのに・・・。何故?」子供心にショックでした。そして「今まではキャプテンと言う≪肩書き」があったから試合に出ることが出来たのだろう。決して上手い訳ではなかったのだ。」と、思えるようになった。自信を失いサッカーに対する興味も薄れてしまった。
 年が明け正月に友達から年賀状がたくさん届きました。その中に「一年間キャプテンお疲れ様!」と言う内容が書かれている年賀状がありました。「そうだ、見てくれている人は見ていてくれたんだ。決して一年間無駄なことではなかったんだ!」と思えました。その一言で今までの悲しみや辛さが薄れ、「やはり、やっていてよかった!」と心底思い、心も晴れ晴れしてきました。
 今、私は、ハロー話し方教室の模擬結婚披露宴の委員長を仰せつかっております。色々わからないことがあり、皆さんのご協力を得ながらやっておりますが、やる以上いいものにしたいと思います。「やることに無駄は無い」と言う体験をいかし頑張ります。今後ともよろしくお願いします。


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30.『コミュニケーションの大切さ』     大学生/20代 (女性)


 私は今、大学3年生です。それは大学二年の頃でした。だんだん大学生活にも慣れてきましたが、何か物足りないものを感じていました。それは人間関係でした。私はなぜか友達と距離おいて接してしまう所がありました。大学から帰る時もみんなと一緒に帰らずに、いつも一人で「用があるから先返るね」と言うことが多かったのです。
 ある日、のことです。いつと同じように「バイトがあるから先に帰るね」と言ったところ、友達の一人が「なぜいつも先に帰っちゃうの?由佳も一緒に帰ろうよ!」と言われました。その子は私が、友達と距離をおいて接していることが分かっていました。その後、二人で飲みに出かける機会がありました。私は自分のことを思い切って正直に話しました。「実は、自分はあまりみんなから必要にされていないんじゃないかと思って、自信がないんだよね」と話しましたら、「なに言ってんの!」と言われました。そして「そんなこと思ってるわけないじゃん。みんな由佳ちゃんのこと大好きだし、もっと頼ってよ!」と言われました。
 その言葉が凄く嬉しくて、それから、心を開いて何でも話すことが出来るようになりましたし、大学生活も今まで以上に有意義なものになりました。
 大学生活で、友達とコミュニケーションをとることが、これほど大事だということがわかり、本当に良かったと思います。

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31.『落下物は命を奪う』   専門学校講師/30代 (男性)

 年間246,000件。これ何の落し物の数だかお分かりでしょうか?実は、日本の高速道路の落下物の数だそうです。1日平均しますと674件の落し物の数になります。
昨日テレビのニュースで、関越道路でタイル職人の親子が事故で焼死したというニュースを見ました。ご覧になった方いらっしゃいますでしょうか?原因は親子の乗った軽乗用車が走行中、道路に落ちていた長さ約四メートルのアルミ製はしごに気が付き停車したそうです。そこに、後ろから来たトラックが追突し、炎上、親子が気の毒にも焼け死んだと言うものでした。聞けば大変仲のよい親子で「将来はオヤジのようなタイル職人になるのが夢」と言っていたそうです。大変悲惨な事故であります。
しかしこの事故は防げなかったのでしょうか?当然防げたはずです。前を走る車がはしごを落とすことさえなければ、何ら問題がなかったはずです。
このように高速道路での落下物は、一つ間違えば凶器と化します。その意識が欠けているのではないでしょうか?
 高速道路での落下物は人様の命を奪うものだと言うことを肝に銘じて、荷台荷物の落下防止のための安全対策を決して怠らないようにして欲しいと思います。
私は車は運転しません。しかし、車を運転する方にとって大変なことです。明日はわが身、決して人事ではないのです。
「注意一秒、怪我一生」と言われます。高速道路に限らずどんな場合にも言えると思います。例えば、家での火の始末、工事現場での指差点検など、ちょっとした安全確認の怠慢が怪我どころか、大惨事につながります。逆に言うとちょっとした安全点検で大惨事を防げる訳です。
 ドライバーの皆さん、道に物を落とさないで下さい。どうせ落とすなら人様の命に対する思いやりを落として下さい。

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32.『身近な人にこそ感謝を』      会社員/50代 (女性)

 私はこの『人に感謝してみて』という課題を与えられて、日頃自分はだれかに感謝しているだろうか、と考えてみました。そして一番感謝すべき人は誰だろうか、と考えてみました。するとやはり心の中で感謝しているつもりでも、形に表していないな、一番身近な人ほど感謝すべきなのに、それが出来ていないな、と感じました。
 今回はそんな身近な人、私の大学時代の先輩でもある、今の会社の社長についてお話してみたいと思います。
 社長と私は、出会いから36年の付き合いであります。その中で大きく二つのことに感謝したいと思いました。一つは18年前、私が離婚した時に色々な事情により静岡に行って住み込みでもしようかと思って社長に相談すると、そんなことするよりも東京の方が私の能力を活かせることが出来るとアドヴァイスをしてもらって東京で働くことが出来ました。そのお陰で東京で3年間自分の好きなプログラムの仕事をすることが出来ました。二つ目はその後社長の会社に私を呼んでいただき以来15年間、私をとても良い待遇で働かせてくれました。その15年間の間には私は再婚もしましたし、家も買いましたし、自分の子にも再会することが出来、色々なことがありましたが、その度に社長には相談に乗ってもらいました。また具体的に援助もしてもらいました。そのように社長には色々恩があるのに、なぜか、あまりにも身近だと、特に男の人には有難味が感じられなくなってしまうのですね。何故かと言いますと、時々変な笑えない冗談を言ったり、妙に自慢してみたりとか、親しい人の前で私のことを馬鹿だとか、役に立たないとか時々言うものですから、私も頭に来てしまってつい悪口を言ってしまったりするんですね。
  でもそのことを差し引いても、社長にはとても感謝すべきだと思い、今回36年目で初めてクリスマスプレゼントを贈りました。クリスマスカードも添えました。そうしたらちょっと驚いたような嬉しいような顔をして、カードを見て「お前の字は前と全然変わっていな・・・」としみじみ言っていました。
  社長はいつもそうやって私の事を見てくれているんだな、と心の中で思いました。
 本当に身近な人にこそ感謝をすべきだな、と強く感じました。

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33.『人の優しさを感じた』   主婦(パート)/40代 (女性)


 それは私が中学3年生の秋のことです。日が暮れだし、私は家の雨戸を閉めようとふと外を見ました。
その時です。一人の男の子が家の前を歩いていることに気がつきました。その男の子は私が通っていた中学の、一年生の男の子でした。当時学校には養護学級というのがあり、その男の子は知的障害と言う事で、養護クラスに通っている男の子でした。私達はいつも休み時間や、昼食の時間になると友達と交代で彼らと遊んだり、一緒にお弁当を食べている気心知れた仲間でした。「でも何故こんな時間に、家とはまったく違う所にそれも一人でいるのだろう?」と思い、私は思わず「どうしたの?」と彼に声をかけました。でも彼は何も言わず、つかれきった様子でその場にへたり込んでしまいました。私はあわてて「ここにいるんだよ!今学校に電話するからね!」と言って、学校に電話をいれました。
  その頃学校では部活動で残った生徒全員が部活を中止して、手分けして探し回っている最中でした。養護学級の先生は「よかった。見つからないから今警察に連絡するところだったんだ!」私は心から良かったと思いました。

 次の日クラス全員の前で、私は先生からこれでもかというぐらい褒めちぎられました。「本当に荻原さんのお陰で助かったよ。荻原さんは本当に優しい。心からお礼を言うよ。」私はあまりにも褒められるので逆に恥ずかしくてなりませんでした。「いつか必ず荻原さんにお礼をするから、荻原さん楽しみに待っててくれ」「お礼なんてとんでもない。私は当たり前のことをしただけ」「いや、それじゃ先生の気がすまないんだ」私は思わず立ち上がって「先生、私は部活を中止して探し回った、皆の方が私よりよっぽど偉いです。先生お礼をするなら皆にしてあげて下さい!」と叫びました。聞けば彼らは自発的に先生に申し出て、自分たちで校内放送をして、協力を求め、皆が続々賛同し、探し回ったと言う事なのです。
  私は感動で胸が震えました。自分が探す立場だったら面倒くさいと思ったはずだからです。先生は涙をボロボロこぼしながら皆に「ありがとう、ありがとう!!」と何度も何度も頭を下げました。
  私はその時みんなのように本当に心優しい人間になろうと思いました。

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34.『口約束よりも行動』    派遣社員/20代 (女性)

 皆さんはどれくらい口約束を守りますか?
私の友達にA子さんという方がいます。先日、友達との会話の中で美味しいイタリアンレストランのことが話題になりました。私は一度行ってみたくなり、「何と言うお店の名前なの?」と聞くと、A子さんは「名前を今度調べてくるね。」と言ってくれました。私は社交辞令の口約束くらいに考えていました。しかし次の日に、A子さんは私のために、わざわざそのお店に行って、お店の名刺まで取ってきてくれ、私にくれたのです。私は驚いたのと同時に感激しました。ほんのちょっとしたことではあるのですが、仲々出来ないことだな、と思いました。それ以来私はA子さんのことを信頼できる人だなと心の中で思うようになりました。叉こんなこともありました。「私、髪の毛が落ち着かなくて困っているの」と私が話したら「つばき油で落ち着くのがあるよ。」と言うのです。そして今回もその容器の瓶ごと持ってきてくれました。その瓶は、そこそこの大きさなので重いし持ってくるを躊躇ったとしても不思議でありません。「私なら持ってきただろうか?」と思うと自信がありませんでした。
 
  私はA子さんから学びました。人の信頼と言うものはつい軽く流してしまいそうな口約束でも、言った以上必ず守ることが、人との信頼関係を築く大切なことなんだと。そして、人間関係はそのようにして創られていくんだなと。
今日でハロー話し方教室は卒業しますが、この教室で学んだことを実生活でも活かしていきます。

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35.『肩書きで人は判断できない』  スポーツインストラクター/30代 (男性)

 皆さん、不二家の事件ご存知でしょうか。期限切れの牛乳を使い「これが知れると雪印の二の舞になるぞ」と、隠匿を図ったことが発覚した事件です。不二家といえば上場一部の老舗の大企業です。その企業のトップになることは針の穴を通すような至難の技だと思います。私は、そのような地位の人は学歴も経験も有り、苦労も人並み以上にしてきた人がなるものだと思っておりました。そのような人物は的確な判断が出来るからこそ、大企業のトップが務まっているのだと思っておりました。ところが、そのような方たちが下した判断が今申し上げたようなものでした。それは高等な政治的判断だ、というような人もいるかもしれませんが、それは馬鹿げていると思います。高等どころか最低の判断をした訳です。変な話し、私の母は中卒です。しかし、このような判断は間違ってもしません。私だって、そのような馬鹿な判断はしないという自信があります。「正直こそ最良の方策」「正直の頭に神宿る」と言います。
 
  今までは年配者とか、社会的地位が高い人は、それだけで一目を置いていましたが、それなりの敬意は持ちつつも、決して肩書きでは判断出来ないということが改めてわかりました。


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36.『悩みは一人で抱えるな』   看護士/40代 (女性)

 こんにちは。T・Sと申します。今日は友達から学んだこととして『悩みは一人で抱えるな』と言うことをお話しさせていただきます。
 私は非常にネガティブな性格で、小さい頃から、悩みや困ったことがあっても、それを自分の心の中に押さえ込んで生活してきました。そしてテレビやラジオから流れる人生相談を聞くのがいやで嫌いでした。成人になって今の病院に就職した時に、たまたま友達とお食事をしている時に、人生相談が流れてきました。「これ大嫌いなんだよね」と話しをしたところ、友達から完全に否定されました。「自分の悩みとか苦しみと言うのは、人に話すことによって半分になるし、自分だけでなく色々な人の意見を聞くことによって、いろんな視野が開けて、いろんな考えが出来てくるから、自分の悩みや困りごとを話すことは決して悪いことではないんだよ。」と言われました。その時「ああ、なるほどなー」と私も感じました。
 それから人生相談というものを聞くことがそれほど嫌でなくなりました。そして今、精神科の看護師として働いている中で「何でもいいから話してみて!」と言うような形で患者さんに接していって、患者さんの話しを聞くうちに、その方の気持ちもほぐれて、私も何かお役に立てるというような感覚を経験しています。
 友達からその時に完全に否定されて「悩みは周りの人にちゃんとお話しをするんだよ!」ということを学ばせていただきました。
 以上、『友達から学んだこと』をお話しをさせて頂きました。ありがとうございました。

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37.『チャンスは見逃すと後で後悔する』    自営/40代 (女性)

 私は28歳の時に結婚しました。翌年の1月20日のことです。私の夫は芸能プロダクションを営んでおりました。大阪の梅田コマ劇場で、細川たかしの歌と芝居の正月公演がありました。本来ならば夫の仕事に付いていくのはヒンシュクものなのですが、新婚の勢いもあって付いて行ってしまいました。楽屋では夫が挨拶するのを真似て私も懸命に挨拶をしました。しかし今までテレビでしか見なかった人が普通に廊下を歩いているのです。私はキョロキョロして、まるでミーハーそのものでした。やがてお昼の時間が来て細川たかしのスタッフの方が「細川たかしが昼食をとるので一緒に食べましょう」と声を掛けてくれました。私は細川たかしと一緒にお食事が出来るなんてと、嬉しく思いましたが、夫が一緒でないのでためらいました。そして、後ろ髪を引かれる思いで、お断りをしてしまいました。後でそのことを夫に話しました。すると「2人だけで食べるのでないんだから、一緒に食べればよかったのに!」と言われました。「それもそうだな」と思いましたが、後の祭りです。それ以来、細川たかしと出会う機会はついぞございません。

  「チャンスの神様は前髪しかない。もしこれを逃したら永遠に捕らえることはない」と言います。正にそうだと思います。このことを肝に銘じて、今後は2度とチャンスを逃すことなく、チャンスがきたら積極果敢にチャンスを捕らえようと思います。

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38.『人を褒めることは自信を与え才能を伸ばす』   会社員/20代 (男性)


 皆さんは人を褒める効果を考えたことがありますか?
 私は学生時代、人のあら捜しばかりをしていました。本当にめちゃくちゃやっていました。人の欠点ばかり言うことで快感を覚えるような事をしていました。『お前、馬鹿か、アホか!』『何回やったら判るんだ!』
その結果、当然のことながら友達が一人二人と私のそばからいなくなっていきました。
  大学3年の時です。私の先輩で人脈がやたらに多い先輩がいました。その先輩は教授から有名人にいたるまでの本当に多くの人脈があるのです。私は『どうしてそんなに交友が広いのですか?』とある日尋ねました。すると『人の良い所を褒めるようにしている。誰にでも長所はあるはずだ』と教えてくれました。私ははっとしました。それ以来、自分も人のいい所を褒めるようにしました。
 
  そんなある日のことです。私は後輩と将棋を指す機会がありました。彼は将棋をはじめて間もないのですが、勝敗はものの見事、私の1勝3敗で完敗でした。私は素直に彼に『君は将棋が上手いな。もっとやってみたらどんどん強くなるよ!』と言いました。その結果皆さんどうなったと思いますか。彼は将棋の本を買って本格的に将棋の勉強を始めたのです!彼はよほど嬉しかったのだと思います。
  人を褒めることは人に自信を与え才能を伸ばすことだと思いました。

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39. 『誉められた、嬉しかった、感謝した』   地方公務員/40代 (男性)

 サラリーマンには人事異動はつきものですが、昨年4月に私の職場から三年間一緒に仕事をしたAさんが 栄転し職場を去ることになりました。Aさんは有能で気配りが抜群で人当たりもよく誰からも高く評価され、 勿論私も大変に尊敬しておりました。さて歓送迎会で異動する者がひとり一人スピーチをします。
 Aさんのスピーチが始まりました。ところがAさんはこの三年間一緒に過ごした職場の話をしません。 何故かもっと昔の仕事の話です。「何故だろう」と誰もが思いました。 しかし話が進む中で、これまでの中の様々な人との出会により育てられと旨の感謝の話に移っていきました。 なるほど流石にAさんだと会場が沸きはじめたとき、Aさんはこのように話を閉めました。
「10年以上前にある職場をたずねた時に、ふと知人に愚痴をいうと、隣に座っていたまったく 面識がなかったある人物が、誰か貴方のことを見ている。 きっと成果が出て評価されるから、気にするな」と励まされた。 その言葉が励みになり自信になり、それから「その人を目標に、また一緒に仕事ができることを夢に励んで今日があります。」と。
 そして最後に「それはA・sさんです。」と話されました。私は非常に驚きました。
 Aさんとの記憶はまったくなかったのですが、確かに自分の経験からそんなことを言ったかな程度の記憶でした。
私は大変なおほめに預かったわけですが、驚き、心に響き嬉しいでした。
 しかし同時にAさんが受け止めてくれたからこそだと思い、逆に人材として大きく成長されたAさんへの感謝と尊敬の念がいっぱいになりました。
 以上「誉められた、嬉しかった、感謝した」という話をさせていただきました。

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40.『家族は信頼しあい、助け合おう』    会社経営/50代 (男性)

 ベトナム人のトラン・ハン・バン君という青年の話です。10年ほど前の話になるのですがハローワークから「ベトナム人の面接希望の方がいるのですがお会いしますか?」という電話があり数日後に面接をする事になりました。
面接の時に私が、「何故ベトナムから遠い日本で働くことにしたのですか?」と問いかけると少したどたどしい日本語で「自分は長男で兄弟が多いので稼ぎになる日本で働き、家族に送金したいのです。お父さんも僕を信頼し日本に行くことを認めてくれました」というのです。私は遠い日本に来て慣れない仕事で怪我でもされたら大変だ!という気持ちも正直ありました。そして言葉の問題もあり躊躇しました。でも彼の真剣な眼差しと真摯な物言いに彼の希望もあり、3年間の契約で一緒に働いてもらうことにしました。
 始めての現場では、「スパナ持って来い」「ハンマー持って来い」とか、始めは使い走りのような仕事ばかりさせておりました。きっと彼は残されている家族の事を思っていたのでしょう。文句も言わずに指示された仕事を終えると「次は何をやれば良いですか?」「次は何をやれば良いですか?」と問いかけてくるのです。そんな彼を見て先輩達も「バンちゃん」「バンちゃん」と可愛がり仕事が終わると飲みに誘ったりもしているようでした。給料日になるとニコニコして家族に送金していた彼の姿が今も忘れられません。3年間というのはあっという間に過ぎ、仲間に惜しまれながら家族の待つベトナムに帰って行ったのを覚えております。
 私は彼が今、日本で多発している家族間の悲惨な事件を知ったらどう思うだろうか?物質的に豊になりすぎて、彼が持っている大切な物を今の私たちは失いかけているような気がしました。
 彼には仕事に対する実直な取り組み方と、親、兄弟に対する強い絆を学ばせてもらいました。
 今日は【家族は信頼しあい、助け合おう】という話をさせていただきました。

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41.『人の批評を気にするな』 
   会社員/30代 (男性)

 ヤンキースの松井が絶不調でいつもボテボテ内野ゴロを打ち、マスコミから「グランド・ボール・キング」、つまり『凡打ゴロの王』と酷評された時があります。ところがさすがゴジラ、それを克服して、月間新人賞を受けるほどの活躍を見せました。そんな調子が上向きかけた時の松井の談話です。『マスコミにいろいろ言われましたが、一々気にしていたらやっていけません。逆に批判を書かれて、発奮の材料になると言うことも、ぼくにはありません。人の書く記事などは、ぼくのコントロールできることではないし、自分のコントロールできることをしっかりやって行く、というのがぼくのスタンスですから』と。
 
人は他人の批評が気になり、話しを粉飾してしまう時があります。確かに、人から悪く言われたくないというのは人情の常だと思います。しかし、本心とはかけ離れてまで迎合してはいけないと思います。そういうことをするとしまいには逆に信頼を失います。

 松井のコメントを読み、松井と言うのはたいしたやつだと思うのと同時に、人は自分のやるべきことのひたすら全力を注ぐことが、大事だなと、改めて実感しました。

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42. 『感謝する事で素直になれる』     主婦/40代 (女性)

身の上話で大変恐縮ですが
今は亡き私の父はアルコール依存症でした。
依存症患者によくあるパターンでお酒を飲んでは仕事はしない、
そして暴れて周りに被害を及ぼすまさにそのものでした。
物心ついた頃から今日は無事に一日が終わるかと漠然とした不安を
抱え育ってきました。誰にも言えない不安や恐怖を父を憎む事によって
心のバランスをとってきました。
一日も早くその状況から抜け出したくて私は高校を卒業してすぐに
病院で働きながら看護学校に通うことで念願を果たす事ができたのです。

家を出てから父親に連絡を取ることは一切しませんでした。
そして私は結婚して長男を身ごもりました。
そして出産。生命の誕生に私は今まで経験した事のない
感動と幸福感を感じていました。
そしてその中でもう一つの気持ちが沸き起こっていました。
それはどんなに憎んでいても私の父はあの人なのだ、
私がこのような幸せを感じることが出来たのは
あの人のお陰なのだと感謝する気持ちが生まれていました。

そして歩行が出来るようになった翌日、公衆電話に向かいました。
そして「孫が生まれたよ、そしてありがとう」と伝えることが自然に出来たのです。

相手に感謝する気持ちを持つ事で自然と素直になれる。
又逆に自分が素直になれた事で感謝が生まれたのではないかとも考えられます。

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43.『話し方を学んでみて』―2つの成果と一つの後悔―         会社員/60代(男性)

 私がこの教室を受講しようと思いましたきっかけは、これからの第二の人生をより豊かなものにするためにも、先ず、何が一番必要かを考えた事からでした。
これからは、多くの時間が出来る。地域でも、趣味の世界でも、また何かの会合を主催するにも、これまで苦手としてきた人前で話す事、つまり「話す力」と「言葉力」を身につけたいと思いました。
そして、今年1月からこちらの上野教室で皆様と一緒に話し方を学び始めました。
4月下旬に12回目を迎え、一旦卒業を仕掛けたのですが、なんとなく消化不良の感が拭いきれません。先生に相談をすると快く、留年のご了承を頂いたというわけです。
 従いまして、スピーチコンテストは2度目です。こうなったら賞を頂くまで挑戦しようかと思っておりますが…。

 得られた成果というのは、先ず、第一番に、こうして何とか一見平静を装いながら、皆様の前でお話しが出来るようになった事です。

 そして第二番目は、ほとんど異業種と言える皆様方と、年齢や仕事の領域を超えて親しくお話をし、また、いろんな考え方を聞くことが出来て大変刺激になりました。

 最後に、一つの後悔というのは、何故もっと若い内、早い内にこのような「話す力」を身に付ける努力をしなかったのか。そうすれば、もっと違った体験や方向性が得られたのではないかと言う事でした。この教室でも、途中で止めてしまったり、お休み中の方が少なくないように感じられますが、本当にもったいないと思います。
恥ずかしくても良い、アガっても良い、恥をかいても良い、そう思うように開き直ると楽になりました。むしろ、話をすることが楽しくなったと言ったほうが当たっているかも知れません。
恥をかかないように、気をつけながら小さな世界に閉じこもるより、人前に出て、大いに人の注目を浴び、たとえ恥をかいて笑われても、そんな人生のほうが楽しいと思うようになったのです。それも、実は恥と思っているのは話している自分が勝手にそう思い込んでいるだけだと気が付きました。
なぜなら、自分がそんな人の話を聞くときは、「ハラハラ、どきどき、がんばれ、大丈夫だ、乗り越えろ、良し良し、良いぞ、うまいうまい、出来た出来た」などと心の中で声援を送っているからです。「失敗したら笑ってやるぞ」と待ち構えている人は一人も居ないのです。
そして、話し終わった人のホッとした満足顔を見ていると同じように嬉しくなるのです。

 私は、これまで「話す力」「言葉力」をそれほど評価せず、重要視していませんでした。コミュニケーションを大切にする情報産業に居ながら、大本の「言葉」と「会話」の大切さをないがしろにしていたのです。これは大きな「気付き」でした。
私はこの事をきっかけに、これからはこの「話す力」と「言葉の持つ力」にもっと磨きを掛け、わかりやすく説得力のある、話術を目指して努力を重ねてまいりたいと思っております。

 以上、今日は「話し方を学んでみて」―2つの成果と一つの後悔―というテーマでお話しを致しました。有難うございました。

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44.『ずっと忘れないよ』             大学生/20代(女性)


私は子供のとき、アニメの“ちびまるこちゃん”が大好きでした。アニメの中で、ちびまる子ちゃんが何か感動的なものを見たり、人から優しくしてもらった時に心の中で「ずっと忘れないよ。」とつぶやくのを見て、子供心に何か考えさせるものがあり、今でも印象に残っています。
「ずっと忘れないよ」という言葉は、ありふれた言葉ではありますが、とても素敵な言葉だと思います。最高の感謝の言葉だと思うし、実際にそういう感動に支えられてずっと生きて行くような気がするからです。

毎日忙しく生活していると、人への感謝をつい忘れがちになってしまうことがあります。私は、まだ学生の身分で親から金銭的にもたくさんの援助を受けています。私は今、テレビなど映像に興味を持っていて、映像を専門に学べる大学に通っています。学費は決して安いものではありません。思い返してみると今まで、全て私のやりたいことをやらせてもらってきました。
私が何か新しく始めたかったり、何か必要なものがあれば、いつも助けてくれます。この教室も親が私のためになればと、お金を出してくれています。

でも、たまにこれが当たり前のことだと思って、感謝の気持ちを忘れてしまうときがあります。つい忘れてしまうときがあっても、全て人からの親切は“人の思いがあってこその自分なのだ“ということは忘れないようにしたいです。
ちびまるこちゃんがいつも心の中で唱えている「ずっと忘れないよ」という言葉は私に感謝すること忘れないという当たり前のことを改めて教えてくれました。
だから、私はちびまるこちゃんを見習って人から優しくしてもらったら「ずっと忘れないよ」と心のなかで唱えたり、口に出したりして、感謝の気持ちを噛み締めるようにしています。

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45.『私の家族のへんな風習』             大学生/20代(女性)

 みなさん、こんにちは。
本日は『私の家族のへんな風習』という主題でお話したいと思います。
今回の課題は「人を褒めてみて」ということですが、振り返ってみてあまり実践できませんでした。この課題は、引き続き挑戦したいと思います。
それで、「褒める」に関係した、私の家族は他の家庭に比べたら少し変わっているかもしれない、という風習があるので紹介したいと思います。
それは、「お互いを気持ち悪いくらい褒め合う」というところです。
私の家族は父、母、12歳離れた姉の4人家族で、たぶん他の人が家族の会話を聞いていたら、何だあの家族は!と思われるくらい褒め合っていると思います。

 例えば、家族が新しい服を買うとお披露目にファッションショーをするんですが、「かっこいい!!」とか「雑誌から出てきた見たい」「その格好で歩いたらみんな振り返るよ!」などとべたボメします。
あとは、家族で撮った写真を見ていて、母が「お父さん若いよね。」と言えば「お母さんも若いよ。しかもオシャレだし!」とか「お姉ちゃんも、モデルみたいにきれい!」
とか、家族みんなでお互いを褒め合っています。
他の人が見たら相当気持ち悪いと思います。でも、けなし合うよりは良いと思うし、それでお互いいい気分になっているので、悪い風習ではないかな、と思っています。

 しかし、今回このスピーチを考えてみて気付いたのですが、私は身近な人は褒めているけれど、そうでない人は褒めることが出来ていないと感じました。身近な親しい人は「喜ばせたい」という思いから、褒めます。一方、そこまで親しくない人には「喜ばせたい」ということ自体考えていないと思います。
私は今まで振り返ってみても、人との関係が「狭く深く」になりがちでした。
中学生や高校生のときも、クラスで仲良しのグループがいて、そのグループの人とはすごく仲がいいけど、それ以外のクラスメートとはほとんど話したことのない人もいました。
「狭く深く」も良い面もあると思いますが、今思うと「狭い」のはちょっともったいないと思います。だから、これからは、もっと親しくない人にも興味を持って、まず「喜ばせたい」と思えるようになって「褒める」ことをしていきたいです。

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46「マイナスの出来事をプラスに変える」       会社員30代(男性)

 今から5〜6年前左頬に突起のような出来物が出始めました。
妻が気づき、早く病院にいった方が良いといわれていましたが、躊躇しておりました。
その後、左耳が中耳炎になり、しかたなく耳鼻科の病院へ行き、私の左頬の出来物を指摘され紹介状をもらい大学病院にいくことになりました。
診察をうけるとMRIなどの検査を重ねよくない雰囲気が感じられました。
そして摘出手術を行いました。
手術は部分麻酔のため、意識ははっきりしており、二人の執刀の先生ひそひそ話しが気になりました。
切り取った組織の検査結果が判明し、やはり悪性でした。
しかも、まだ出来物は取りきれていませんでした。転移が始まっていたのです。
それ以上の処置は難しいため、他の病院を紹介され、MRIの写真、紹介状、カルテをかえされました。
その時思ったのは「自分はあと何年生きられるのだろうか?」途方にくれました。

たまたま本屋へ行き新潟大学の安保徹先生の「免疫革命」という本を買いました。
内容は、「むやみに手術を受けるべきではない。自分の免疫力を強化しがんを治すのだ」
ということを学びました。そして自分でやれることをやってみる決意をしました。
紹介された大学病院に行き、前の病院のカルテ一式をわたして診察を受けました。
すると即、手術の日程を決めるよう催促をうけました。
とっさにわたしは、「ちょっとまってください、免疫革命という本読み、免疫療法をトライしてみたい。2ヶ月待ってください。」
と言い、早速免疫療法にトライしました。

アガリクスなどきのこ系サプリメント、食事の改善。あと免疫療法ではないですが、父の知人でマイクロ波治療を行っているところにも行きました。そこで聞いたのは、がんは40度以上になると細胞が死ぬということでした。他の本でも、がんは35度以下になると急速に転移がはじまるそうです。熱に弱いのです。めちゃくちゃなやり方ですが、夜寝るときに小型携帯カイロを左頬に貼ってあたためて寝ました。
するとどうでしょう、2ヶ月後いままでの左頬に出来物がほとんど無くなっていました。
大学病院に通院して触診診察でもOKいただき、現在約5年経過しておりますが問題ありません。

この病気をきっかけに禁煙にも成功し、保険会社から保険金も入りました。最小限の手術でほとんどダメージがなくがんと認められ、結構な金額をもらいました。
また病気は医者まかせではなく自分でできることもやらなくてはだめだということも学びました。「マイナスの出来事をプラスに変える」という経験でした。

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47「きっかけは挨拶から・・」   会社員30代(女性)

 私は今のマンションに越してきてから、3年になりますが、未だに、住人の方、全員に会ったことがありません。
そんな中、毎朝、必ず会うのが、管理人の長谷川さんです。
長谷川さんは、70歳くらいのおじさまで、冬になると赤いニット帽をかぶり、まるでサンタのような方です。
毎朝、「おはようございます。」と挨拶を交わしますが、休み明けの仕事に行きたくない日でも、長谷川さんに会うと、“頑張ろう”と思う気持ちになります。
それは、きっと、長谷川さんが“にこにこ”して笑顔で挨拶をしてくれるからだろうと思います。
 
  そして、ある朝、時間があった時に、長谷川さんが、草むしりをしていたので、私は「いつもきれいにしてくれてありがとうございます。」と声をかけました。
そしたら、長谷川さんは、「感謝されないこともあるから、そんなことを言ってくれると、うれしいよ」と言っていました。なぜだか、良いことをしていても、批判される時があるそうです。
そんな話をきっかけに、時間がある時には、よく話しをすることが多くなり、ある時には、自分の庭で咲いたからとお花をくれたり、年末には、「窓の空気孔しめておきなよ」と言って、私の玄関の網戸のお掃除までしてくれたり、他の住人の方より、ちょっとだけ特別サービスしてくれます。
 
  ただ毎朝、挨拶をしているだけなのに、こんなにもあたたかい気持ちがもらえるなんて、ほんとに感謝したいです。
現在、長谷川さんは、先月、脳梗塞で倒れて、退職してしまいました。
なんだか身内のように親しくしていたので、今、とっても心配でなりません。(653文字)

 

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◎受講生による 『3分間スピーチ』 (1〜21はこちら)

 

 

 

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