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『エコ・人生』
先日、異業種の皆さんとの会合に出席しました。
そこで、今の時代を反映して、エコノミー関係の仕事の話が沢山出ました。
エコ・印刷
エコ・インキ
エコ・電気
エコ・水道
エコ・会計
エコ・生活
エコ・・・・その他多数
そこで話し方教室を運営している私は、と考えてみました。
エコ・話し方教室(?)、というのも何だか変だし・・・。
そこで得意の夜も寝ずに昼寝して考えました。(笑)
『そうだ、エコ・人生!』と自分で勝手に決めました。
私の提案する≪エコ・人生≫とは周りの物を極力少なくするといういわゆるエコ・生活(と勝手に呼びます)とは異なります。
もちろん現在の豊満ニッポンは、物が溢れていますので、本当に必要でないものは買わない、というエコ・生活も素晴らしいし、大切なことだと思いますが。
それでは≪エコ・人生≫は何かと申しますと、このストレスの多い現代、いらずもがなの言い争い、摩擦、トラブル、あるいは考えても仕方のない不安、後悔等、に貴重な時間を費やす事を極力なくして、少しでも楽しく愉快に生きよう、というものです。
実際、日々、不平不満をこぼしたり、悲しんみ、憂鬱の中で生きている人がとても多くいます。(私もそういう時があります)
しかし不平・不満や愚痴だけでは何の解決策にも繋がりません。
先日、受講生の方のスピーチで次のように話された方がいらっしゃいました。
『今まで、梅雨のシーズンはうっとうしい、と思っていた。しかし、よく考えてみると雨の日はお客様が在宅する確立が高い。従って営業的には非常に効率が高い仕事に繋がるではないか!このようにプラスに解釈することによって、嫌なこともプラスに考えられる』と。
正にこれです。全く同じことでも前向きに考え、一見マイナス見えるものもプラスに発想を転換して明るく楽しく愉快に暮らしていく、これが≪エコ・人生≫です。
愚痴をこぼせば、幸せこぼす、と申します。
どうですか、皆さんも一度だけの人生を≪エコ・人生≫でエンジョイしませんか!
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『マイナス思考の残酷さ』
ミヤンマーを襲ったサイクロン、中国四川省で発生した大地震、続けざまに発生したアジア各地での自然災害に驚きを禁じえません。
ミヤンマーのサイクロンの被害では死者は10万人を超すと報じられています。また四川大地震では死者6万7183人に達したということです。
その上、ミヤンマーにしろ中国にしろこれから二次災害でその数はどこまで増えるか全く分からない状況です。
そんな中、中国では外国からの人や物資を積極的に受け入れています。また、日本の救援隊の活躍も日本人として嬉しいものです。
一方、ミヤンマーの状況は耳目を疑わざるを得ません。ご存知のことと思いますが、国際的援助の動きが活発になっているのもかかわらず、軍事政権は人の受け入れを渋ったり、避難民に救援物資を配布することを禁止したり、救援より先に政権基盤を強固にするのに血眼になっているように思えます。
いったいどういうことでありましょう。
素人の私には詳しいことは分かりませんが、それは軍事政権が権力維持のため、マイナス要因はことごとくシャットアウトしなくてはならない、という疑心暗鬼で思考で支配されているからではないでしょうか。
国のトップが疑心暗鬼になった時・・・・そこに住む国民にどう影響するのか。果たして幸福なのか不幸なのか?
ハロー話し方教室では、よく授業で明るいものの考え方、プラス思考が取り上げられます。
プラス思考は困難や、不安、心配に打ち勝ち『一度だけの人生心豊かに明るく生きる』のために必要な考え方と考えております。
反対にマイナス思考は解決できる問題さえ無理と考え、不安をさらに大きくしてしまう不幸で悲しい考えといえます。
変な言い方かもしれませんが、個人がマイナス消極思考であってもその人が苦しむだけですむかもしれませんが、一国のリーダーがマイナス思考である場合その国民はたまったものではありません。
国のような大きな規模でなくてもあらゆる小・中・大の集団組織にも同様のことが言えるのではないでしょうか?
『小』は家庭です。
『中』は会社や学校が挙げられます。
家庭の場合、リーダーである
親がマイナス思考だと何が起こるでしょうか?
幼児虐待、育児放棄、一家離散など残念ながら現実によく聞く話です。
会社の場合、社長がマイナス思考だと何が起きるでしょうか?
ズバリ倒産です。先日、船場吉兆が倒産しました。産地偽造、使いまわしの果て老舗の末路として惨めなものです。
『大』は今回取り上げた国家です。
中国もミヤンマーもどちらも未曾有の惨劇ですが、ミヤンマーの場合、あまりにも気の毒です。
リーダーのマイナス思考の残酷さとは、このミヤンマーの例を見ればよく分かると思います。
ならば、ならばですよ、『小の中の小』である私達個人だって、いかにマイナス思考が自分自身を苦しめ、成長を阻害しているか、ということに気がつかなければいけないと思います。
口先でマイナス思考は良くないというのは簡単ですが、ミヤンマーの例からマイナス思考の恐ろしさを知るべきはないでしょうか!
こんにちはプラス思考! さらば、マイナス思考!
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『言うは易し行うは難し』
中国に次のような話があります。
昔、中国の秦望山(しんぼうざん)と言う山に道林という風変わりな禅宗のお坊さんがいたそうです。
彼は昼も夜も高い木の上でいつも座禅を組んでいるそうです。
白楽天と言う人が興味を持ち一度見てみようと訪ねます。
すると案の定、高い高い木のうえで座禅を組んでいます。
白楽天:『そんな高いところにいては危ない、危ないぞ!』
道林:『お前こそ危ない!』
白楽天:『え?何で大地にいるものが危ないのだ!?』
道林:『大地にいても心が不安定な者ほど危ない者はいない!』
白楽天:『なるほど・・・』と白楽天はうなずきました。
そこで白楽天は『禅の教えとは一体何だ?』と尋ねました。
すると道林は『悪いことをするな、善いことを行えという事だ!』と答えました。
すかさず白楽天は『そんなこと3才の子供でも知っているぞ!』とあきれて答えると、
道林は『3才の童子これを知しるも80歳の老翁なおこれを行のうことあたわず。』と答えたそうです。
その後白楽天は道林を師と仰ぎ教えを乞うたとのことです。
『3才の童子これを知しるも80歳の老翁なおこれを行のうことあたわず。』なんという厳しい言葉でしょう!
しかし、これが現実ではないでしょうか?
話し方で大事なことは『誠実』だということです。
誠実とは 言ったことを行動で示すことです。
どんなに素晴らしいことを知っていても、或いはいくら上がらずに堂々とスピーチが出来ても行動が伴わないと惨めです。
どんな簡単なことでも或いは当たり前のことでも確実に実行に移す。
これを続けていきますと周りが変わってきますし、自分も少しずつ変わっていきます。
例えば皆さんは挨拶をどのくらいしていますか?
あるいは人の喜ぶことをどれくらい行っていますか?
先ずは身の周りのやれることから始めませんか?
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『山、高が故に尊からず』
『山高が故に尊からず』・・・その後に『樹あるを以って尊しとなす』と続くそうです。
読んで字のごとく山は高くても草木が茂っていなければ山の体をなさないということでしょう。
先日、東京芸大卒業式が行われました。
卒業式の派手なパフォーマンスにかける東京芸大名物学長の思いをテレビニュースを映していました。
3月25日、東京芸術大学の卒業式の会場は953人の卒業生でいっぱいになり、式では、作務衣(さむえ)を身にまとった小柄な男性が舞台に現れました。
この男性、実は卒業式でパフォーマンスを行う名物学長でした。
東京芸術大学の宮田亮平学長(62)は、毎年卒業式の舞台で一字入魂するパフォーマンスを学生に披露し続け、2008年で3回目になるとのこと。
卒業式当日、宮田学長は式が始まってもどこか緊張気味でした。
宮田学長は「晴れの舞台だからね。みんなに喜びを伝えてあげたいな」と語っておられました。
いよいよ一字入魂の時、どよめく卒業生をよそに、学長はこっそり舞台袖へ消えました。
オリジナルの作務衣に着替え、気合を入れ、小柄な宮田学長が体全体を使って文字を書きました。
2008年の一字は中国の古い書体で書かれた文字。
この一字について、宮田学長は「『慈しみ』という字なんです。慈しむ心を持っていれば、おのずと慈愛に満ちた作品や演奏が生まれてくるでしょう、と祝辞を述べました。
話し方にも同じようなことが言えると思います。
スピーチなり話をする人の心に慈しむ心があれば、おのずと慈愛に満ちたスピーチになり、人の心を捉えるのでしょう。
逆に、自己中心的で人としての慈しむ心がない人のスピーチは心に伝わりません。
とかく白であれ黒であれ論理的に相手を納得させてしまうという強弁手法がまかり通ったり、人の尊敬を受けたりもする。
とんでもない誤解ですし、それでは『オレオレ詐欺』と同じになってしまいます。(笑)
その様な語りは遅かれ早かれメッキがはがれてしまうものですね。
立て板に水のように語ることでその人の全ての評価を決めるのではなく、(もちろんそれはそれで素晴らしいことではありましょうが)、もう一度『言葉は心の鏡』であることを思い出し、話し方の勉強を深めていだきたいと思います。
芸術作品もスピーチも最終的にはその人の≪心の有り様≫が問われるのだと思わされるニュースでした。
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『もっと素直に謝ろう』
「すみません!」私は思わず叫んでしまいました。
先日近くのスパーマーケットで夜の食材を求めて買い物をしていた時、OLらしき女性と体か触れ、私は手に持っていた品物を床に落としてしまいました。実際はどちらが不注意なのか分かりませんが、相手の女性は、一言もなくその場を去っていきました。
今、中国餃子が連日話題になっています。状況証拠からしますとどうも原因は中国にあるようですが、中国はそれをガンとして認めようとしません。
いったいどうして非を認めないのでしょうか。
実は、中国では非を認めると必ず罰則が伴うというお国柄も一因になっているようです。
中国でも企業に就業規則がありますが、その一つ一つの規則違反には罰則がペアーになって記載されているようです。
つまり、非には必ず罰が課せられるから、容易には認めないというお国柄な訳です。(欧米もそういうところがあるようです)
ところで日本の就業規則にも罰則はありますが、中国のそれとは大違いです。
先のスパーの話に戻りますが、確かに、どちらが悪いのか分かりませんし、どちらも悪かったのかもしれませんし、悪くなかったかもしれません。そのあたりは彼女訊いてみないと分かりません.
しかし、 どっちであろうと、たいした問題でなく、そんな時どうして一言「すみません」あるいは特に問題がなければ「いいえ、大丈夫ですよ」の一言が言えないのか、と思ってしまいます。
話し方で大切なことは『必要なことを 必要な時に 必要なだけ話す』でしょう。
人の気持ちを軽くする言葉をタイムリーに使えるように努力したいものです。
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『仲間作りの名人』
人という字は一方が他方を支えいる様に見えます。
人間と言う字は人の間で存在すると書きます。
言い古されていますが、人は一人では生きて行けません。
頭では分かっていても実感がないことのほうが多いようです。
しかし、ピンチに陥った時、初めて一人で生きているのではない、と実感します。
喉元過ぎれば熱さ忘れる、といわれるように普段はそんなことを考えないのが人間の悲しい性なのでしょう。
しかし、冷静に考えれば、ピンチの時だけ人頼みしていると人は好かれませんよね。
ピンチでない時、喉元を過ぎている時こそ人を大事にしたいものです。(難しいことは承知で述べています)
とりあえず、それが頭で理解できるなら、以上をバックボーンとして、平生が大事です。
平生から仲間作りをすることをお勧めします。
私の知り合いの i 氏は仲間作りの名人です。
彼は写真が趣味で、異業種行交流会で知り合った人の中から同じ趣味の方々と写真愛好会を作っております。
先日、区の写真コンクールでグランプリを獲得なさいました。
彼曰く、仲間がいたから取れた賞だ、と。
ハロー話し方教室の生徒さんだったKさんは、卒業後本を出版され、苦手だった人前での話を、今ではなんとご自分の生涯学習の一環として喜びの源として学ばれております。
彼女の本の副題は『仲間がいたから頑張れた!』でした。
ここに、全てが集約されていると思います。
人は一人で食べては行けますが(豊満ニッポンだから)、あまりにも、あまりにも寂しいし、一度だけの人生そんな人生で満足できるのでしょうか!?(それで満足できる方はこの先を読む必要ありません)
結局、人間の幸・不幸はどれだけ多くの質のいい人間関係の中で生きているかにかかっていると言っていいと思います。
徳川時代の柳生家に次のような教えがあります。
『小才は、縁に出合って縁に気づかず。中才は、縁に気づいて縁を生かさず。大才は、袖すり合った縁をも生かす。』
さあ、皆さんも口角をちょっと上げて、目の前にあるそのご縁を無駄にしないで下さい。
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『積極的に生きる』
今年(2007年)のミス・ユニバース・コンテストで日本の森理世さんが優勝しました。彼女を見て第一印象は、綺麗であることは十分納得できますが、今の日本女性は、あのレベルは結構いるのでは、と勝手に思ったりしました。2006年の知花くららさんもそうですが、アッと驚くような絶世の美人かというといかがでしょうか???
コンテストの基準は外見だけでなく性格も大きな判断材料になるとのことですので、美しい上に『性格美人』なのでしょう。
東国原宮崎県知事こと、そのまんま東氏が、毎日テレビに登場し大忙しです。選挙に出る時、師匠のビーとたけ
しは、表立って応援はできないが、頑張れよ、と言ってくれたそうです。
まあ、あの時点で誰もがそのまんま東が選挙に勝てると思っていなかったし、だれも負け馬に乗ろうという者はいないでしょう。
しかし予想に反して当選しました。
なぜ彼女達はミス・ユニバースになれたのでしょうか?
なぜ、そのまんま東は東国原宮崎県知事になったのでしょうか?
理由は明白です。
自ら積極的に動いたからです。
間違いなく、出場、又は立候補しなければ今の『彼女』、あるいは『彼』は存在しなかった訳です。
人は、立派なことを考えます。しかし、行動が伴わないと惨めです。
逆に、どんな些細なことでも行動力のある人は凄いと思います。
さて、あなたはやったら良いなと思ってやってないことはありませんか?
先延ばしにしている行動はありませんか?
最初の一歩を踏み出してみてください。
この世の中、どんな結果が起ころうとも無駄になることは何一つないのですから。
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『恐怖心に打ち勝つ』
人前で話すことから逃げる。
人との係わり合いを避ける。
新しいことにチャレンジしない。
人は、なぜ、消極的になってしまうのでしょうか?
その正体は『恐怖』です。
・人の視線に対する恐怖
・知らない人に対する恐怖
・恥をかくことに対する恐怖
・失敗する事への恐怖
・傷つく事への恐怖
・今もっているものを失う恐怖
などなど、様々な恐怖が人をして、チャレンジをさせない、消極的人間を作ってしまいます。
実際は、思うほど難しいことでなくとも、やればできることであっても、いざとなると足がすくみ行動に移せない。そういう情けない状態が重く長引きます。そして、いざ逃げられなくなって初めて、またはやらざるを得なくなって初めて清水の舞台から飛び降りる気持ちでやっと行動を起こす人がいかに多いことか!
これでは、一度だけの人生、あまりにももったいないと言わざるを得ません。
「そうかもしれないけれど『恐怖心に打ち勝て』と言われても、そんなの無理だ・・・」
と言われるかもしれません。
しかし、見方を考えることによって勇気が湧いてきます。
しかも一瞬で!
そんなに難しい話ではありません。
ただ、考え方を変えることによって。
成功する人と、そうでない人の一番の違いは、能力でも知識でもありません。
それは≪考え方の違い≫です。
斉藤一人さんという方をご存知でしょうか?
何があっても、どんな不幸が起きても、またそういう時にこそ幸せを呼ぶ魔法の言葉『ツイテル、ツイテル』
を連発するという方です。
考えてみれば、どんな不幸がおきても『ツイテイル』と思える人に不幸な人がいるはずがありませんよね。
生きていること自体、その方にとって幸せなのですから。
そうであるならば、今そして将来起きる全てのことが≪ツイテイル、運の良いこと≫ならば、なにも怖いことはなくなるわけです。
ですから、皆さん、スピーチで失敗しても『失敗したとか恥をかいた。』と思うのでなく、『よーし、まだまだ勉強が足りないということだな。頑張るぞ!』と思えばいいわけです。
『失敗したとか恥をかいた』とだけ思っているのは、あまりにも思慮が浅過ぎます。
今起きている問題を肯定的に捉えることができる人間こそ恐怖に打ち勝ち、スピーチであれなんであれ目標を達成することができるのではないでしょうか。頑張ってください!
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『見えぬものも見え、聞こえぬものも聞こえる?』
皆さんは徳島県の食費1か月1万円のカリスマ節約主婦・武田真由美さんをご存知でしょうか?その地道な暮らしぶりと次々に生み出す節約の裏ワザの一端をご披露いたします。
例えばネギの残った根っこを水につけておくと自然にネギが生えてくる、だからネギは買わなくてもいい。同様にニンジンも水につけておくと葉が生えてきてその葉を料理に使う。ゆで卵もわざわざお湯を沸かしては作らず、アルミホイルにくるみご飯と一緒に炊くことにより自然とゆで卵が出来る。さらに納豆も簡単に自分の家で作ってしまうのです。作り方は大豆をゆで、市販の納豆と一緒にハッポースチロールに入れ一定温度で保存しておくと納豆菌が増殖して納豆を作ってしまうのです。まだ他にもあるはあるは、誠に恐れ入ってしまいます。
人間何とかしようと思うと、驚くべき発想が生まれるものだと感心してしまいます。
少し前になりますがノーベル賞を受賞した田中耕一さんも87年に偶然のきっかけで「生体高分子の質量分析を可能にする方法」を見いだすことができました。自分のミスをミスで終わらせなかったのですね。研究者にはこのようなミスも多く、実際、間違いでなくとも、些細なこととして重要なことを見逃すことも多いのではないでしょうか。
ひょとしたら多くの科学者は多くのノーベル賞級の発見を多数見落としているのかも知れませんね。(笑)
さて、 気づく人と気づかない人、その差は一体なんでしょうか。
それは、能力というよりも、ズバリ情熱の差のように思えます。正に燃えるような情熱があれば『見えぬものも見え、聞こえぬものも聞こえる』のではないでしょうか。
逆に『心ここにあらざれば見えども見えず、聞けども聞こえず』となるだけなのですね。
上記カリスマ主婦・武田真由美や田中耕一さんからそのようなことを学べます。
しかし、これは節約や科学ばかりの話しではありません。話しのネタ集めにも言えることではないでしょうか・・・・。
私達の生活の中で毎日様々なことが起こっております。しかしながら『すごい、いやだ、すばらしい、困った』だけで終わらしていないでしょうか?
少し見方を変えると、実はその奥に大切な何かが見えてくることがあります。
もうちょっとの頑張りで大変なことを見落としているとしたら、それこそ『もったいない』話しです。
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『気持ちを切り替える』
世の中自分の力ではどうし様も出来ないことがあります。
他者の言動、自然災害などなど。或いは不可抗力な事件に巻き込まれるかもしれません。
自分にとって喜ばしいことであれば問題ありませんが、自分にとって困ったこたが起こった時、誰でも一瞬戸惑ったり、或いはいかったり悲しんだりします。
ただし、それは人間として自然な心の動きですのでいたしかたありませんよね。問題なのはそれをいつまでも不平不満を言ったり、イライラしたり、不必要に心配したりするその心的態度が大変問題なのです。
例えば、朝おきたら雨が降っていた。一瞬『イヤだな』と思います。それは仕方のないことですが、しかし、いつまでもそのいやな『負』の気持ちで心が支配されますと、いろ色な問題を引き起こします。ちょっとしたことで言い合いになったり、しなくてもいいいざこざを起こしたりします。
一瞬『イヤだな』と思うことは人の人情ですから構わないのですが、あなたは3秒以内に気持ちを切り替えることが出来ますか。例えば、朝おきたら雨が降っていたとしましても、ホコリが洗い流されて爽やかだ、でもいいし、作物にとって恵みの雨だなと考えを切り替えるかどうかです。或いは普段できない家での仕事に集中するチャンスと捉えることもできるかもしれません。
また、体が不調だ、ひょっとしてガンではないかと暗い気持ちになっている人がいます。また近い将来地震がおきるのでは無いかと一日中、或いは年中、中には何年も何十年も気にしている人もいます。
こんなことで幸せな生活を送ることができるでしょうか?できる筈はありません。
スピーチだってそうです。どんな一流の話し手も慣れない場では上がりもすれば、失敗をすることも有るわけです。まして苦手なうちは毎回反省も多いことと思います。しかし、切り替えることです。『まだ努力が足りないな。頑張ろう。』、『諦めないことが大事だ。負けてたまるか!次はリベンジだ。』などと前向きに考えることができるかどうかです。いつまでもくよくよして何にもなりません。しかし、多くの人はこの落とし穴に落ちいりがちです。
心配してもどうしようもないことであるならば、気にしないことですね。大切なことは、自分の気持ちを常に明るく元気に平常心にしておくことではないでしょうか。そのような言う気持ちが脳や心に働きかけ、何をするにしても元気に楽しくやれるエネルギー源になるのです。
これはトレーニングです。
焦らず、慌てず、諦めず、やれるまで、できるまで続けて欲しいと思います。
そうすれば必ず貴方の人生が明るい人生に好転して行きます。
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『自分を大切にするとは』
ある方の話しです。
「物心ついた頃から、自分に自信が無く、すぐ人と比べてしまい、いつも自分が劣っていると悩み悲しんでいるそんな自分が大嫌いでした。」
そして次のように続きます。
「あなたはあなたのままでいい」
「あなたが思っているほど、他人はあなたのことを意識していない」
「あなたが思っているほど、あなたは劣っていない」
「それに気づいたのは、20歳も後半に差し掛かっていました。もっと早く気づけば、もっと人生を楽しめたのに、なんてもったいない青春を送ってきたのだろうと悔やまれてなりません。」
人は他人から馬鹿にさると腹をたてます。
しかし、一番自分を馬鹿にしているのは他ならぬ自分自身のことがよくあります。
こんなナンセンスなことはありません。非常に馬鹿げたことです。
人からああだ、こうだと言われるのは仕方ないにしても、一番自分を守らなければならない自分までが言い出したら、誰もあなたを守ってくれません。
確かにあなたの親も兄弟も親友も喜んであなたのために力になってくれるでしょう。
しかし、あなたはいつも人をあてにするのですか?
いつもあなたのそばにいてあなたのサポーターはあなたのはず。
よく自分を大切に、と言うことを耳にします。
自分を大切にするということは、自分を守るのはあなた自身ですよ、ということではないでしょうか。
十分悩んだのです。病気になるほど悩む必要はありません。自分を責めるのはもうやめましょう。
良くも悪くも一度だけの人生です。
ならば、一度だけの人生、心豊かに明るく生きようではありませんか!
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『話し方は生き方』
『物を売るな、人を売れ』とはよく営業の世界で言われる言葉です。考えてみれば当たり前のことです。同じレベルの製品ならば、好きな営業マンあるいは店員さんのいるお店から買ってあげたくなるのは人情です。場合によっては、多少高くてもその営業マンや店員さんに喜んでもらいたくその人から買うことだってあるくらいです。人が生きていく中で人様から好かれるということは本当に大事だと思います。
スピーチだって同じです。日頃から気配りのできる人、思いやりのある人の話しは好意を持って聞くものです。そして日頃の行動が裏付けとなり説得力を増し、重みが違ってきます。
他方、日頃、挨拶もろくにしない、自分のことしか考えない、人への配慮が出来ない人間がいくら上手い話しをしても共感を得ることは出来ません。それどころか重箱の隅を虫眼鏡で見ながら反論のねたを探されます。
話を聞く前から、聞き手の聞く姿勢が違っています。
意外なことに、ここに気が付かず、必死に正論を述べ、説得しようと必死になっている人がいますが、実に哀れと言わざるを得ません。日本語の全く解らない外人に一生懸命説明しているのと何ら変わりありません。
話し方の学びはつい口先の技術を身につける練習に思われがちですが、いくら技術を覚えようとも貴方が嫌われていては話しを聞いてもらえないのです。聞いているような振りをしているだけです。
ハロー話し方教室ではスピーチの練習はもちろんしますが、そのベースは貴方自信の生き方が問われていることを忘れてはなりません。良好な人間関係をどうやって築くかを皆さんで考え実践して頂いております。つまり『話し方は生き方』といわれる所以です。皆さんはどうお考えになりますでしょうか?
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『実践の積み重ねが心を変える』
漢字を輸入した日本人は『心』は『こころ』と読みました。それは『心』は≪コロコロ≫変わるからだ、と以前聞いたことがあります。
確かに、自分のことを考えても元気な時もあれば、悲しく落ち込むことがある。元気な時は発する言葉も明るく元気に『おはよう!どう調子!?』と、相手のことを心配する余裕さえあります。しかし反対に落ち込んでいる時などは相手のことを気遣う余裕などなく、自分のことで一杯になってしまうものです。そして発する言葉も元気のない、暗い言葉になりがちです。『元気?』『まあ』、『どうしたの』『いや、別に』となってしまいます。
誰しも『心』を強くし、自分を変えたい、成長させたいと願っています。『どうしたら性格を変えることが出来るのでしょうか』『どうしたら上がりはなくなるのでしょうか』『どうしたら積極人間になれるのでしょうか』みんな悩んでいます。 特に上がりをなくすことは、多くの人にとって緊急な大問題の場合が多くございます。
そこで、即効性のあるいい方法がございます。それはどうするかといいますと≪形から入る≫のです。つまり、心が言葉や行動として表れている以上、逆に言葉や行動を変える(演技する)ことによって心が変わるのです。
ハロー話し方教室では、初めての方には徹底的に形をマスターして頂きます。無意識に体で覚えるまでやれるまで繰り返し覚えていただきます。すると本当に不思議なことに、気持ちまで堂々と落ち着いてくるのですね。形に自信が持てると心に余裕が出てくるのです。
大事な人と合う時、頭の先からつま先までビッシと決めていると、自信が生まれ胸を張って話しが出来たりします。
スピーチもそれと同じです。 スピーチの中身の前に先ず、その他の部分をビッシと決めることが大事です。 剣道、柔道、華道、茶道に形があるように、スピーチ道にもルールがあります。
そのルール =形をしっかり身につけることです。
形を決めるることにより『心』も引きずられて変わって行ったりするんですね。
是非一度お試しください
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『泥かぶら』とアガリの克服
『泥かぶら』と言う話しがあります。
昔、顔が大変醜い少女がいました。あまりの醜さに人の嘲笑のまとになり、石を投げられたり、つばを吐きかけられたりしました。少女の心は日一日とすさみ、粗野で荒々しい子になっていきました。今日も訳もなく石つぶてを浴びせかけられ、嘲笑われた口惜しさで荒れ狂っています。そこへ旅の老法師が通りかかり、『綺麗になりたいと』慟哭する“泥かぶら”に、美しくなる方法を教えてくれました。
一、 自分の顔を恥じないこと。
二、 どんな時もにっこり笑うこと
三、 人の身になって思うこと。
この三つの事さえ守れば、村一番の美人になれるというのです。少女の心は激しく揺れ動きました。そして・・・ そう言えば、芸能界でも顔の悪さを武器(失礼!)に人気のある芸能人が男性も女性も結構いるのに気が付きます。彼ら、彼女らはまるで顔の不細工さをまるで売りにしているように輝き魅力的です。
話しを戻します。 この話しは自分の顔が醜いと悩む少女の話しですが、「自分の顔の醜さ」を「自分はあがり症」に置き換えることが出来ないでしょうか・・・? つまり、「アガリ」を克服するのは次のように考えてみることが出来ます。
一、 自分のアガリを恥じないこと
二、 どんな時もにっこり笑うこと
三、 人の身になって思うこと 先の芸能人がそうであるように、自分の顔が醜いと思っている人の顔は輝きが有りません。多少不細工でも明るく自信に満ちた人の顔は輝きよく見えます。(寅さんなんかも魅力的でした。)
同様に自分は<あがり症>だと思う人は、暗く自分に自信がなくが故に余計に上がりを誘発しています。
是非、上記一、二、三を「実践してみてください。
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『天上天下唯我独尊』
「天上天下唯我独尊」・・・お釈迦さまは生まれるとすぐ七歩あるいて、右手で上を指し、左手で下を指して「天上天下唯我独尊」といわれたそうです。
これは「自分が世界のうちで最も尊く優れている」という意味でなく、私という個人は世の中に一人しかおらず、どんなものにも代えることの出来ない、かけがえのない存在なのだという意味です。
明治36年生まれ、26歳の若さで亡くなった天才童謡詩人、金子みすずさんの詩です。
『私と小鳥とすずと』
わたしが両手をひろげても、お空はちっともとべないが
とべる小鳥はわたしのように、地面をはやくは走れない。
わたしがからだをゆすっても、きれいな音はでないけど、
あの鳴るすずはわたしのようにたくさんな歌はしらないよ。
すずと、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい 。
世の中みんなキムタクだかだと面白くないし、女性がみんな藤原紀香でもつまらない。もちろん困った所のある自分だけれど、強みを伸ばして行きましょう。いやいやその困った部分をあなただけの個性にしうりにしましょう。
さあ、そこのあなた、クヨクヨしないで、元気を出して、笑顔で笑いましょう。
そして一日一善、人のために働きましょう。
そのような方は老若男女・外見関係なく、見事に輝いるではないですか!!
(蛇足)不潔、不誠実は個性ではありません。迷惑です。
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『言葉の威力』
島秋人は昭和9年に生まれ、幼少時代を満州で過ごしました。戦後、父母とともに新潟県に引き揚げましたが、母親は疲労から、結核にかかりまもなく亡くなりました。本人も病弱で、結核やカリエスにかかり、7年間ギブスをはめて育ちました。学校の成績は最下位で周りから疎んじられ、生活もすさんで転落し、貧しさ飢えによる非行と犯罪で少年院と刑務所を経験しました。
彼は1959年(昭和35年)の雨の夜,飢えに耐えかね農家に押し入り,当時の金2,000円を強奪し農婦を殺害してしまいます。
彼が歌作をはじめたのは、一審の新潟地裁で、死刑判決を受けた後、東京拘置所に送られてからのことでした。
万年最下位の成績だった島にも中学生の時たった一度だけ先生に褒められたという嬉しい記憶がありました。
それは 美術の吉田先生が「おまえは絵は下手だが、構図は一番いい。」と言ってくれたのでした。
そのことがずっと忘れられず、彼は拘置所から吉田先生に手紙を書きました。すぐに先生から驚きと情と厚意の入り混じった返事が届きました。その手紙の中には先生の奥さんからも、深い憐憫を綴った短歌3首が一緒に同封されていました。この歌との出会いにより、「歌人」島秋人が生まれます。
「死刑囚と なりて思へば いくらでも 生きる職業 ありと悟りにき」
彼は懸命に歌を作っていきます。毎日新聞に投稿し掲載されるようになったばかりでなく、毎日歌壇賞まで受賞します。
新聞の歌壇の選者は彼の句を詠んで思わずこう言ます。“作者は頭脳明晰にして鋭敏なる神経の持ち主である”と。
かたや皆から疎まれ蔑まれ殺人犯になり、かたや吉田先生、歌壇の先生方からほめられ毎日歌壇賞までとり、歌壇の先生を唸らせる歌人となった島秋人。
彼の33歳という短い人生から、私たちは言葉の威力を感じざるを得ません。
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『にもかかわらず笑う』
上智大学のデーケン教授は、ユーモアを 「にもかかわらず笑うこと」 と定義しています。
100歳を過ぎた金さん銀さんがまだご存命中、テレビでインタビュアーが質問しました。
『金さん,銀さん、このテレビ出演料はどうなさるのですか?』
すると、金さん,銀さんは次のようにお答えになりました。
『半分は寄付して、残りの半分は≪老後≫のために取っておく』 と。
本気なのかユーモア-なのか分かりませんが、実に楽しいお話しです。
ある方の家が火事で全焼しました。さぞお困りになっているだろうとお見舞いに行くと、そのご主人さんがおっしゃりました。
「これ程”大きな焚き火”は久しぶりだった。」と。
「にもかかわらず」 という状況で最も笑いにくいのは、死が近い時でしよう。
それにもかかわらず、笑うことができる人はいます。
肺ガン末期の人が咳が止まず苦しんでいます。「この咳は小錦に来てもらわなければ取って貰えそうにないナ」。
小錦=関取(=咳取り)を掛けたユーモアーでした。
精神免疫学の研究成果によれば、不安や恐怖、悲しみなどの負の心理に支配されると、よくなる病気も悪くなるそうです。
逆に笑いや生きがいは、心と脳に働きかけ、自然治癒力を活性化するといわれています。
憂いは百害あって一利なですし。
家庭で、職場で日々の生活をもっとユモアー使って過ごしませんか!!
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熱血教師の主張「全てが人生と思え」
元中学教師である原田隆史氏ことカリスマ教師の「カリスマ体育教師の常勝教育」という本がベストセラーになっております。
原田氏は昨年春まで大阪市内の公立中学校で体育を教えておりました。
本の内容の一部をご溶解しますと、 遅刻や構内に散乱するゴミ、暴力沙汰さどで荒れていた学校を立て直し、無気力だった子供たちにやる気と向上心を持たせ、驚くことに、陸上部顧問として7年間に13回の陸上競技日本一を出しました。
原田氏が陸上競技の練習以上に重視したのは生活指導でした。挨拶や立ち振る舞いから近所の掃除や家の手伝い等でした。
「きちんとした生活態度の確立が人への配慮や適切な付き合い方をはぐくみ、自信とゆとりを生み出す」という考えの基に、生徒に「陸上と思うな人生と思え」と繰り返し強調しました。
「目前のことへの努力が人生を充実させる。練習や掃除など何をするにも生徒に[人生]を想起させるのだ」という内容の本です。
ここで、「陸上」を「勉強」に置き換えると「勉強と思うな人生と思え」というように置き換えることが出来ます。
そうしますと我々働くものには「仕事と思うな人生と思え」と言うことになります。
又お母様方には「家事と思うな人生と思え」ですし、「子育てと思うな人生と思え」ということになります。
このように、我々人間はつい目先のことに囚われがちですが、もっと高いところからの視点を持ち私たちの人生を豊かなものにしたいと思います。
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『あなたって、どんな人?』
ハーレン・アンダーソンというナラティブセラピーの第一人者がいます。彼女の口癖は「あなたってどんな人?」と誰にでもこれを聞くそうです。また、同じ人に何度でも聞くそうです。「あなたってどんな人?」と。最初は通り一遍の答えをします。しかし、それでも、また次の日に「あなたってどんな人?」そう聞かれると、自分がどんな人間なのか、思いをめぐらせてみたい気持ちになります。
また、「あなたってどんな人?」そう聞かれるたびに、自分に対する興味を向けられている、関心をもってもらっていることが、嬉しく思えるようになります。
時々自分は話し下手で雑談で何を話していいか分からないという方がいらっしゃいます。いま一体何を話したらいいか分からず、頭の中がパンパンになって気持ちだけが空回りしてしまい、結局会話が苦しいものになってしまいます。
そこで視点を変えてみてください。何を話すのでなく、何を聞くかです。 人は自分に関心を持ってくれる人に好意を持ちます。
相手を理解する上で「あなたってどんな人?」と、相手に興味を持つ姿勢が必要です。
話し上手は聞き上手と言います。
「相手に興味を持つ=あなたってどんな人?」という聞き上手を目指してみませんか?
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『成功体験を積もう』
話し方教室ではスピーチの題として『挨拶を励行してみて』、『人の喜ぶことをして』等、いくつかの必修課題があります。自分を変えるには、今までやらなかったこともやってみなければなりません。そのためには先ず、実際にやって頂きます。そしてどのような発見があるかを発表していただきます。
受講生の皆さんはそれに取り組まれますが、最初は照れくさかったりして行動に移せなかったりします。また、行動に移したとしても思うように事が運ぶとも限りません。例えば挨拶を励行しても相手は返事も返ってこない時もあります。そんな時『挨拶なんてするもんじゃない!』と思っては元も子もありません。諦めずにやるしかありません。今まで挨拶をしなかった人がいきなり挨拶をしても相手は驚いてしまったのかもしれません。
そのうち逆に相手から挨拶されるようになります。本当かどうかやってみなければ分かりません。
スピーチも同じです。 初めは人前でのスピーチは苦手で出来ないと思っている方が多くいらっしゃいます。過去の失敗がトラウマになって人前でのスピーチから逃げています。
しかし、理論と実践によって必ず出来るようになります。
成功にはゴールデンルールがあります。その一つは『諦めない』と言うことです。
ある人が経営の神様、松下幸之助にたずねたそうです。『幸之助さん、成功の秘訣は一体何ですか?』すると、松下幸之助は答えた。『それは簡単なこっちゃ。成功するまでやることだよ。』と。
正に成功の秘訣は諦めないことです。
挨拶の力を実感するにしろ、人前でのスピーチにしろ、成功体験を踏むまで諦めないことが大事です。すると、その成功体験が自分に自信を与え『やれば出来る』を実感し、自分を積極人間に変えていくのですから。
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『全ての責任は己に有り』
北海道のある測量会社のA社長さんのお話です。
見るからに実直そうなその社長さんは工業高校を卒業後、地元北海道の測量会社に入社しました。まじめな性格で、地味で派手こそありませんが、その仕事の堅実ぶりに会社の社長さんの信頼は高いものがありました。会社の社長さんは、なんと後継者にその方を指名し、会社ごと譲渡すると申し出ました。驚いたAさんは自分にはそんな力量はないと固辞しましたが、社長の強い要望と、Aさんの奥さんの薦めもあって承諾しました。
その後、会社は順調に発展しました。なんと言ってもその誠実な性格が社長交代と言う大きな変化にも今までの取引先は一つも減ることはありませんでした。 社長業にもすっかり慣れ、仕事も順調で業績をしっかり伸ばしていきました。
そんなある時、高校時代の友達と偶然出会いました。その友人は、経理として働いていた会社をつい最近辞め、次の職を探しているとのことでした。Aさんの会社もそれなりの規模になっていたため彼を自分の会社の経理として雇うことに決めました。その後も会社は発展し順風満帆のある時、その友人が会社に急に来なくなりました。どこに連絡をしても連絡が取れません。
そんなある日税務署から督促状が届きました。長期にわたり税金が納められていませんでした。その後次から次へと未払いの請求書が会社に届きました。気が付いたときには手遅れでした。Aさんの会社は倒産してしまいました。 職がなく困っていた友人の裏切り。Aさんは失意のどん底に落ちました。働く気力が抜け会社にも行かず、何もする気が起こらず、ただただ鬱の状態が続きました。
そんな時、心配してくれた友達の誘いでAさんは、あるセミナーを聞く機会を持ちました。そこで彼が聞いた話に彼は体が震えました。セミナーでの内容は、正に自分と同じ体験の中から立ち上がった講話者の方の生の体験談だったからです。
彼は家に帰り奥さんの胸の中で大泣きしたそうです。泣いて泣いて泣き止んだ時、彼は昨日までの彼とは違っていました。彼の死にかけていた気持ちに再び生気が漲りました。
彼は心の整理が出来たのです。確かに友人の裏切りは許せないものです。そしてその結果手塩に掛けて育ててきた会社まで失う破目になり、その気持ちは押して図ることが出来ます。
しかし、友人を恨んでいても、採用したことを後悔しても、又すべてを信用して任せてしまったことを嘆いても何も解決しないことに気がついたのです。さらに、その友人を採用したのは他の誰でのない自分であり、自分の責任だったのです。「全ての責任は自分にあったのだ!」こう思った時、Aさんの気持ちは吹っ切れたそうです。
Aさんの再起には皆が協力してくれ、何とかやっていける目処が付きつつあるそうです。
今、Aさんは、ご自分の生の体験を全国で講話なされ、多くの社長さんに勇気を与えてくれております。
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『笑う門には福来たる! 笑いの効用』
アメリカのノーマン・カズンズという編集者が膠原病で治る可能性が少ないといわれたにも関わらず、喜劇映画を見たりユーモア本を読んでさんざん笑うと痛みがとれたため、それを徹底して継続して病気を治してしまったそうです。また、重傷リュウマチ患者に落語を見せて笑わせることで、痛みを取り除いた実例も報告されています。
どうしてそのようなことが起こるかといいますと、まず笑うことで脳が刺激され、免疫機能活性化ホルモンが分泌されます。それにより身体の免疫力がアップし、多少のことではへこたれない身体にるそうです。また、ガン細胞の殺し屋として有名な、ナチュラルキラー細胞も活性化されます。さらにモルヒネの数倍もの鎮痛作用と快感作用のあるホルモンがたくさん分泌され鎮痛作用もあるわけです。
笑えばリウマチが治る?!
日本医科大学リウマチ科の吉野槇一教授は落語家・林家木久蔵師匠を招いて、鎮静剤が手放せない重症の女性リウマチ患者26人に落語を1時間聞いてもらいました。わずか一時間笑っただけで全員の痛みが楽になり、ある人はその後3週間も鎮痛剤なしというほどの劇的な効果
が生じたそうです。吉野教授は、96年5月にも800人のリウマチ患者を笑わせ、笑いの絶大な効果 を再び証明しました。リウマチ患者に落語が効くのを発見したことで、木久蔵師匠も自信をつけてこう言ったそうです。「笑いは病気にキクゾー」。
更に女性にとっての関心事として笑いは美容に良いそうです。
笑いは脳への刺激とともに身体にも刺激があります。
笑う時は腹筋を刺激し、腰背中などにも、ほど良い運動となり、内臓の働きや血液の流れもよくなります。又涙さえ流して笑うときも有ります。その結果、あらゆる細胞が刺激を受け活性化され、便秘や冷え性、不眠などにも効果があります。またウツになると血糖値が上がり余分な糖が脂肪として蓄積され、肥満によくないが、笑うと血糖値が下がり、ダイエット効果があるといわれています。更に、顔の筋肉も活性化し肌のツヤやハリに良い効果をもたらすそうです。
これほど、費用もかからず副作用も全くない“笑い”。
日々の生活にもっと笑顔を増やし、元気に暮らしませんか。
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『ギィヴ アンド テイク』V.S『ギィヴ アンド ギィヴ』
あの人に親切にしてやったのに、感謝の言葉がない。あの人に物を差し上げたのに何のお返しもない。恩知らずの人だ等々、こんなことはないでしょうか?
『ギィヴ/アンドテイク』とは『与えれば与えられる』と言う意味です。確かにこの世の法則としてそれは真実ででしょう。
それなのに、実際そうならない時に不満を感じます。
これは一体どういうことでしょうか?
実は『ギィヴアンドテイク』とはそれを期待して使う言葉ではないのでしょう。期待して使うから『与えたのだから、与えられなければ損だ』と思ってしまうのではないでしょうか。
与えるとは、本来それ自体が『無上の喜び』なのです。
それを知っていたのが、例えばマザーテレサでありナイチンゲールだったのではないでしょうか。
人が人様に善行を施す時、もう『ギヴアンドテイク』の言葉を捨てたほうが良いかもしれません。
そして『ギィヴアンドギィヴ』の精神でやっていきたいと思います。
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『成功は成功の母』
エマーソンは言います。人の成長を妨げるもの、それは≪恐怖心≫だ、と。スピーチの苦手な人は「心臓がバクバクする」「声や身体が震えてしまう」「視線が怖い」等々の≪恐怖心≫を口にします。そしてスピーチから逃げる、だからいつまもスピーチが怖い、という悪循環に陥ります。ですから、どこかでこの悪循環を断ち切り、この憎き(?)≪恐怖心≫に打ち勝たなければなりません。
先日、街角で流れてくる音楽にふと耳を傾けました。♪REGRETS I HAD A FEW BUT・・・・ご存知でしょうか、ポール・アンカ作詞作曲の名曲「MY WAY」です。日本では布施 明が歌っています(若い方はご存知ないかな?)。意味は『自分も今まで人生の中で後悔したことはある。しかし・・・・♪』という内容です。そう、あの世界的なヒット曲メーカーのポール・アンカでさえ人生で失敗をし、後悔する時もあるのです。当たり前と言ったら当たり前の話しですが・・・。
当然、私たちも同じで、失敗の無い人生などありえません。しかし、「失敗は成功の母」とも言います。ならば、失敗を楽しんでみましょう。そのうち力がついてきて≪小成功≫をおさめるでしょう。
「成功は次の成功の母」につながります。
そのためには、出来ない理由を探さないでやれることからやりましょう。「そんなの無理だ!」・・・・そう言う前ににやってみて下さい。
恐怖心を克服できたあなたは、驚くほど変わって行く自分を発見できるでしょう。自信に満ち溢れ、スピーチのみならず何事にも積極的に行動できる自分を体感するでしょう。 だから一歩を踏み出してください。 恐怖心に打ち勝てる新しい自分になるために!
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