受講生による 『3分間スピーチ』 (その4)

・.『肩書きで人は判断できない』  スポーツインストラクター/30代 (男性)

・ 『悩みは一人で抱えるな』  看護士/40代 (女性)

・ 『チャンスは見逃すと後で後悔する』   自営/40代 (女性)

・『人を褒めることは自信を与え才能を伸ばす』   会社員/20代 (男性)

・ 『誉められた、嬉しかった、感謝した』  地方公務員/40代 (男性)

・ 『家族は信頼しあい、助け合おう』    会社経営/50代 (男性)

・ 『人の批評を気にするな』    会社員/30代 (男性)

・『感謝する事で素直になれる』     主婦/40代 (女性)

・.『話し方を学んでみて』―2つの成果と一つの後悔― 会社員/60代(男性)

・『ずっと忘れないよ』     大学生/20代(女性)

・.『私の家族のへんな風習』     大学生/20代(女性)

「マイナスの出来事をプラスに変える」    会社員30代(男性)

・「きっかけは挨拶から・・」   会社員30代(女性)

・「人と比べることの愚かさ」   会社員50代(男性)

・『俺が変ったら妻が変った。伝わってこそ意味がある。』   農業40代(男性)

 

 

『肩書きで人は判断できない』  スポーツインストラクター/30代 (男性)

 皆さん、不二家の事件ご存知でしょうか。期限切れの牛乳を使い「これが知れると雪印の二の舞になるぞ」と、隠匿を図ったことが発覚した事件です。不二家といえば上場一部の老舗の大企業です。その企業のトップになることは針の穴を通すような至難の技だと思います。私は、そのような地位の人は学歴も経験も有り、苦労も人並み以上にしてきた人がなるものだと思っておりました。そのような人物は的確な判断が出来るからこそ、大企業のトップが務まっているのだと思っておりました。ところが、そのような方たちが下した判断が今申し上げたようなものでした。それは高等な政治的判断だ、というような人もいるかもしれませんが、それは馬鹿げていると思います。高等どころか最低の判断をした訳です。変な話し、私の母は中卒です。しかし、このような判断は間違ってもしません。私だって、そのような馬鹿な判断はしないという自信があります。「正直こそ最良の方策」「正直の頭に神宿る」と言います。
 
  今までは年配者とか、社会的地位が高い人は、それだけで一目を置いていましたが、それなりの敬意は持ちつつも、決して肩書きでは判断出来ないということが改めてわかりました。


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『悩みは一人で抱えるな』   看護士/38代 (女性)


 私は非常にネガティブな性格で、小さい頃から、悩みや困ったことがあっても、それを自分の心の中に押さえ込んで生活してきました。そしてテレビやラジオから流れる人生相談を聞くのがいやで嫌いでした。成人になって今の病院に就職した時に、たまたま友達とお食事をしている時に、人生相談が流れてきました。『これ大嫌いなんだよね』と話しをしたところ、友達から完全に否定されました。『自分の悩みとか苦しみと言うのは、人に話すことによって半分になるし、自分だけでなく色々な人の意見を聞くことによって、いろんな視野が開けて、いろんな考えが出来てくるから、自分の悩みや困りごとを話すことは決して悪いことではないんだよ。』と言われました。その時『ああ、なるほどなー』と私も感じました。

  それから人生相談というものを聞くことがそれほど嫌でなくなりました。
  そして今、看護師として働いている中で『何でもいいから話してみて!』と患者さんに接するようにしています。すると、患者さんが話すことで、その方の気持ちもほぐれて、私も何かお役に立てるというような感覚を経験しています。
 
  友達からあの時に完全に否定されて『悩みは周りの人にちゃんとお話しをするんだよ!』とい言葉。
 この ことは今でも私が大事にしている言葉です。

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『チャンスは見逃すと後で後悔する』    自営/40代 (女性)

 私は28歳の時に結婚しました。翌年の1月20日のことです。私の夫は芸能プロダクションを営んでおりました。大阪の梅田コマ劇場で、細川たかしの歌と芝居の正月公演がありました。本来ならば夫の仕事に付いていくのはヒンシュクものなのですが、新婚の勢いもあって付いて行ってしまいました。楽屋では夫が挨拶するのを真似て私も懸命に挨拶をしました。しかし今までテレビでしか見なかった人が普通に廊下を歩いているのです。私はキョロキョロして、まるでミーハーそのものでした。やがてお昼の時間が来て細川たかしのスタッフの方が「細川たかしが昼食をとるので一緒に食べましょう」と声を掛けてくれました。私は細川たかしと一緒にお食事が出来るなんてと、嬉しく思いましたが、夫が一緒でないのでためらいました。そして、出た言葉は、断りの言葉でした。後でそのことを夫に話しました。すると「2人だけで食べるのでないんだから、一緒に食べればよかったのに!」と言われました。「それもそうだな」と思いましたが、後の祭りです。それ以来、細川たかしと出会う機会はついぞございません。

  「チャンスの神様は前髪しかない。もしこれを逃したら永遠に捕らえることはない」と言います。正にそうだと思います。このことを肝に銘じて、今後は2度とチャンスを逃すことなく、チャンスがきたら積極果敢にチャンスを捕らえようと思います。

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『人を褒めることは自信を与え才能を伸ばす』   会社員/20代 (男性)


 皆さんは人を褒める効果を考えたことがありますか?
 私は学生時代、人のあら捜しばかりをしていました。本当にめちゃくちゃやっていました。人の欠点ばかり言うことで快感を覚えるような事をしていました。『お前、馬鹿か、アホか!』『何回やったら判るんだ!』
その結果、当然のことながら友達が一人二人と私のそばからいなくなっていきました。
  大学3年の時です。私の先輩で人脈がやたらに多い先輩がいました。その先輩は教授から有名人にいたるまでの本当に多くの人脈があるのです。私は『どうしてそんなに交友が広いのですか?』とある日尋ねました。すると『人の良い所を褒めるようにしている。誰にでも長所はあるはずだ』と教えてくれました。私ははっとしました。それ以来、自分も人のいい所を褒めるようにしました。
 
  そんなある日のことです。私は後輩と将棋を指す機会がありました。彼は将棋をはじめて間もないのですが、その集中力や焦眉に対する執念は尋常でありませんでした。私は素直に彼に『君は将棋が上手いな。もっとやってみたらどんどん強くなるよ!』と言いました。その結果皆さんどうなったと思いますか。彼は将棋の本を買って本格的に将棋の勉強を始めたのです!彼はよほど嬉しかったのだと思います。
  人を褒めることは人に自信を与え才能を伸ばすことだと思いました。

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『誉められた、嬉しかった、感謝した』   地方公務員/40代 (男性)

 サラリーマンには人事異動はつきものですが、昨年4月に私の職場から三年間一緒に仕事をしたAさんが 栄転し職場を去ることになりました。Aさんは有能で気配りが抜群で人当たりもよく誰からも高く評価され、 勿論私も大変に尊敬しておりました。さて歓送迎会で異動する者がひとり一人スピーチをします。
 Aさんのスピーチが始まりました。ところがAさんはこの三年間一緒に過ごした職場の話をしません。 何故かもっと昔の仕事の話です。「何故だろう」と誰もが思いました。 しかし話が進む中で、これまでの中の様々な人との出会により育てられと旨の感謝の話に移っていきました。 なるほど流石にAさんだと会場が沸きはじめたとき、Aさんはこのように話を閉めました。
「10年以上前にある職場をたずねた時に、ふと知人に愚痴をいうと、隣に座っていたまったく 面識がなかったある人物が、誰か貴方のことを見ている。 きっと成果が出て評価されるから、気にするな」と励まされた。 その言葉が励みになり自信になり、それから「その人を目標に、また一緒に仕事ができることを夢に励んで今日があります。」と。
 そして最後に「それはA・sさんです。」と話されました。私は非常に驚きました。
 Aさんとの記憶はまったくなかったのですが、確かに自分の経験からそんなことを言ったかな程度の記憶でした。
私は大変なおほめに預かったわけですが、驚き、心に響き嬉しいでした。
 しかし同時にAさんが受け止めてくれたからこそだと思い、逆に人材として大きく成長されたAさんへの感謝と尊敬の念がいっぱいになりました。
 以上「誉められた、嬉しかった、感謝した」という話をさせていただきました。

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『家族は信頼しあい、助け合おう』    会社経営/50代 (男性)

 ベトナム人のトラン・ハン・バン君という青年の話です。10年ほど前の話になるのですがハローワークから「ベトナム人の面接希望の方がいるのですがお会いしますか?」という電話があり数日後に面接をする事になりました。
面接の時に私が、「何故ベトナムから遠い日本で働くことにしたのですか?」と問いかけると少したどたどしい日本語で「自分は長男で兄弟が多いので稼ぎになる日本で働き、家族に送金したいのです。お父さんも僕を信頼し日本に行くことを認めてくれました」というのです。私は遠い日本に来て慣れない仕事で怪我でもされたら大変だ!という気持ちも正直ありました。そして言葉の問題もあり躊躇しました。でも彼の真剣な眼差しと真摯な物言いに彼の希望もあり、3年間の契約で一緒に働いてもらうことにしました。
 始めての現場では、「スパナ持って来い」「ハンマー持って来い」とか、始めは使い走りのような仕事ばかりさせておりました。きっと彼は残されている家族の事を思っていたのでしょう。文句も言わずに指示された仕事を終えると「次は何をやれば良いですか?」「次は何をやれば良いですか?」と問いかけてくるのです。そんな彼を見て先輩達も「バンちゃん」「バンちゃん」と可愛がり仕事が終わると飲みに誘ったりもしているようでした。給料日になるとニコニコして家族に送金していた彼の姿が今も忘れられません。3年間というのはあっという間に過ぎ、仲間に惜しまれながら家族の待つベトナムに帰って行ったのを覚えております。
 私は彼が今、日本で多発している家族間の悲惨な事件を知ったらどう思うだろうか?物質的に豊になりすぎて、彼が持っている大切な物を今の私たちは失いかけているような気がしました。
 彼には仕事に対する実直な取り組み方と、親、兄弟に対する強い絆を学ばせてもらいました。
 今日は【家族は信頼しあい、助け合おう】という話をさせていただきました。

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『人の批評を気にするな』 
   会社員/30代 (男性)

 ヤンキースの松井が絶不調でいつもボテボテ内野ゴロを打ち、マスコミから「グランド・ボール・キング」、つまり『凡打ゴロの王』と酷評された時があります。ところがさすがゴジラ、それを克服して、月間新人賞を受けるほどの活躍を見せました。そんな調子が上向きかけた時の松井の談話です。『マスコミにいろいろ言われましたが、一々気にしていたらやっていけません。逆に批判を書かれて、発奮の材料になると言うことも、ぼくにはありません。人の書く記事などは、ぼくのコントロールできることではないし、自分のコントロールできることをしっかりやって行く、というのがぼくのスタンスですから』と。
 
人は他人の批評が気になり、話しを粉飾してしまう時があります。確かに、人から悪く言われたくないというのは人情の常だと思います。しかし、本心とはかけ離れてまで迎合してはいけないと思います。そういうことをするとしまいには逆に信頼を失います。

 松井のコメントを読み、松井と言うのはたいしたやつだと思うのと同時に、人は自分のやるべきことのひたすら全力を注ぐことが、大事だなと、改めて実感しました。

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               『感謝する事で素直になれる』     主婦/40代 (女性)

 身の上話で大変恐縮ですが今は亡き私の父はアルコール依存症でした。
依存症患者によくあるパターンでお酒を飲んでは仕事をしない、そして暴れて周りに被害を及ぼすまさにそのものでした。
物心ついた頃から、今日は無事に一日が終わるかと漠然とした不安を抱え育ってきました。
誰にも言えない不安や恐怖を父を憎む事によって心のバランスをとってきました。
一日も早くその状況から抜け出したくて私は高校を卒業してすぐに病院で働きながら看護学校に通うことで念願を果たす事ができたのです。家を出てから父親に連絡を取ることは一切しませんでした。
 そして私は結婚して長男を身ごもりました。
そして出産。
生命の誕生に私は今まで経験した事のない感動と幸福感を感じていました。
そして、その中でもう一つの気持ちが沸き起こっていました。
それは、どんなに憎んでいても私の父はあの人なのだ、私がこのような幸せを感じることが出来たのはあの人のお陰なのだ、と感謝する気持ちが生まれていました。
そして、歩行が出来るようになった翌日、公衆電話に向かいました。
そして「孫が生まれたよ、そしてありがとう」と伝えることが自然に出来たのです。
人は相手に感謝する気持ちがあれば自然と素直になれるのだと思います。
一時はあれほど憎んだ父親でしたが、今は亡きの父親に感謝の気持ちを伝えられたこたが、せめてもの私父への恩返しだったかもしれません。

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『話し方を学んでみて』―2つの成果と一つの後悔―         会社員/60代(男性)

 私がこの教室を受講しようと思いましたきっかけは、これからの第二の人生をより豊かなものにするためにも、先ず、何が一番必要かを考えた事からでした。
これからは、多くの時間が出来る。地域でも、趣味の世界でも、また何かの会合を主催するにも、これまで苦手としてきた人前で話す事、つまり「話す力」を身につけたいと思いました。
そして、今年1月からこちらの上野教室で皆様と一緒に話し方を学び始めました。
4月下旬に12回目を迎え、一旦卒業を仕掛けたのですが、なんとなく消化不良の感が拭いきれません。先生に相談をすると快く、留年のご了承を頂いたというわけです。
 従いまして、スピーチコンテストは2度目です。こうなったら賞を頂くまで挑戦しようかと思っております。(笑)

 得られた成果というのは、先ず、第一番に、こうして何とか一見平静を装いながら、皆様の前でお話しが出来るようになった事です。

 そして第二番目は、ほとんど異業種と言える皆様方と、年齢や仕事の領域を超えて親しくお話をし、また、いろんな考え方を聞くことが出来て大変刺激になりました。

 最後に、一つの後悔というのは、何故もっと若い内、早い内にこのような「話す力」を身に付ける努力をしなかったのか。そうすれば、もっと違った体験や方向性が得られたのではないかと言う事でした。この教室でも、途中で止めてしまったり、お休み中の方が少なくないように感じられますが、本当にもったいないと思います。
恥ずかしくても良い、アガっても良い、恥をかいても良い、そう思うように開き直ると楽になりました。むしろ、話をすることが楽しくなったと言ったほうが当たっているかも知れません。
恥をかかないように、気をつけながら小さな世界に閉じこもるより、人前に出て、大いに人の注目を浴び、たとえ恥をかいて笑われても、そんな人生のほうが楽しいと思うようになったのです。それも、実は恥と思っているのは話している自分が勝手にそう思い込んでいるだけだと気が付きました。
なぜなら、自分がそんな人の話を聞くときは、「ハラハラ、どきどき、がんばれ、大丈夫だ、乗り越えろ、良し良し、良いぞ、うまいうまい、出来た出来た」などと心の中で声援を送っているからです。「失敗したら笑ってやるぞ」と待ち構えている人は一人も居ないのです。
そして、話し終わった人のホッとした満足顔を見ていると同じように嬉しくなるのです。

 私は、これまで「話す力」をそれほど評価せず、重要視していませんでした。コミュニケーションを大切にする情報産業に居ながら、大本の「言葉」と「会話」の大切さをないがしろにしていたのです。これは大きな「気付き」でした。
 私はこの事をきっかけに、これからはこの「話す力」と「言葉の持つ力」にもっと磨きを掛け、わかりやすく説得力のある、話術を目指して努力を重ねてまいりたいと思っております。

 以上、今日は「話し方を学んでみて」―2つの成果と一つの後悔―というテーマでお話しを致しました。有難うございました。

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『ずっと忘れないよ』             大学生/20代(女性)


 私は子供のとき、アニメの“ちびまるこちゃん”が大好きでした。アニメの中で、ちびまる子ちゃんが何か感動的なものを見たり、人から優しくしてもらった時に心の中で「ずっと忘れないよ」とつぶやくのを見て、子供心に何か考えさせるものがあり、今でも印象に残っています。
「ずっと忘れないよ」という言葉は、ありふれた言葉ではありますが、とても素敵な言葉だと思います。最高の感謝の言葉だと思います。実際にそういう感動に支えられてずっと生きて行くような気がするからです。
毎日忙しく生活していると、人への感謝をつい忘れがちになってしまうことがあります。私は、まだ学生の身分で親から金銭的にもたくさんの援助を受けています。私は今、テレビなど映像に興味を持っていて、映像を専門に学べる大学に通っています。学費は決して安いものではありません。思い返してみると今まで、全て私のやりたいことをやらせてもらってきました。
私が何か新しく始めたかったり、何か必要なものがあれば、いつも助けてくれます。この教室も親が私のためになればと、お金を出してくれています。
でも、たまにこれが当たり前のことだと思って、感謝の気持ちを忘れてしまうときがあります。つい忘れてしまうときがあっても“人の思いがあってこその自分なのだ“ということは忘れないようにしたいです。
ちびまるこちゃんがいつも心の中で唱えている「ずっと忘れないよ」という言葉は、私に感謝すること忘れない、という当たり前のことを教えてくれいるような気がします。
だから、私はちびまるこちゃんを見習って人から優しくしてもらったら「ずっと忘れないよ」と心のなかで唱えたり、口に出したりして、感謝の気持ちを噛み締めるようにしています。

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『狭くからもう少し広くへ』             大学生/20代(女性)

 
 「褒める」という課題に関係して、私の家族は他の家庭に比べたら少し変わっているかもしれない、という風習があるので紹介したいと思います。
それは、「お互いを気持ち悪いくらい褒め合う」というところです。
私の家族は父、母、12歳離れた姉の4人家族で、たぶん他の人が家族の会話を聞いていたら、何だあの家族は!と思われるくらい褒め合っていると思います。 例えば、家族が新しい服を買うとお披露目にファッションショーをするんですが、『かっこいい!!』とか『「雑誌から出てきた見たい』『その格好で歩いたらみんな振り返るよ!』などとベタ褒めします。
あとは、家族で撮った写真を見ていて、母が『お父さん若いよね。』と言えば『「お母さんも若いよ。しかもオシャレだし!』とか『お姉ちゃんも、モデルみたいにきれい!』 とか、家族みんなでお互いを褒め合っています。
他の人が見たら相当気持ち悪いと思います。でも、けなし合うよりは良いと思うし、それでお互いいい気分になっているので、悪い風習ではないかな、と思っています。
  
 
しかし、今回このスピーチを考えてみて気付いたのですが、私は身近な人は褒めているけれど、そうでない人は褒めることが出来ていないと感じました。身近な親しい人は「喜ばせたい」という思いから褒めます。しかし、そこまで親しくない人には『喜ばせたい』ということ自体考えていないと思います。 今までを振り返ってみても、私の人間関係は「狭く深く」になりがちでした。
中学生や高校生のときも、クラスで仲良しのグループがいて、そのグループの人とはすごく仲がいいけど、それ以外のクラスメートとはほとんど話したことのない人もいました。
 
  「狭く深く」も良い面もあると思いますが、今思うと「狭い」のはちょっともったいないと思います。
  だから、これからは、もっと親しくない人にも興味を持って、まず「喜ばせたい」と思えるようになって「褒める」ことをしていきたいです。

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「マイナスの出来事をプラスに変える」       会社員30代(男性)

 今から5〜6年前左頬に突起のような出来物が出始めました。
妻が気づき、早く病院にいった方が良いといわれていましたが、躊躇しておりました。
その後、左耳が中耳炎になり、しかたなく耳鼻科の病院へ行き、私の左頬の出来物を指摘され紹介状をもらい大学病院にいくことになりました。
診察をうけるとMRIなどの検査を重ねよくない雰囲気が感じられました。
そして摘出手術を行いました。
手術は部分麻酔のため、意識ははっきりしており、二人の執刀の先生ひそひそ話しが気になりました。
切り取った組織の検査結果が判明し、やはり悪性でした。
しかも、まだ出来物は取りきれていませんでした。転移が始まっていたのです。
それ以上の処置は難しいため、他の病院を紹介され、MRIの写真、紹介状、カルテをかえされました。
その時思ったのは「自分はあと何年生きられるのだろうか?」途方にくれました。

たまたま本屋へ行き新潟大学の安保徹先生の「免疫革命」という本を買いました。
内容は、「むやみに手術を受けるべきではない。自分の免疫力を強化しがんを治すのだ」
ということを学びました。そして自分でやれることをやってみる決意をしました。
紹介された大学病院に行き、前の病院のカルテ一式をわたして診察を受けました。
すると即、手術の日程を決めるよう催促をうけました。
とっさにわたしは、「ちょっとまってください、免疫革命という本読み、免疫療法をトライしてみたい。2ヶ月待ってください。」
と言い、早速免疫療法にトライしました。

アガリクスなどきのこ系サプリメント、食事の改善。あと免疫療法ではないですが、父の知人でマイクロ波治療を行っているところにも行きました。そこで聞いたのは、がんは40度以上になると細胞が死ぬということでした。他の本でも、がんは35度以下になると急速に転移がはじまるそうです。熱に弱いのです。めちゃくちゃなやり方ですが、夜寝るときに小型携帯カイロを左頬に貼ってあたためて寝ました。
するとどうでしょう、2ヶ月後いままでの左頬に出来物がほとんど無くなっていました。
大学病院に通院して触診診察でもOKいただき、現在約5年経過しておりますが問題ありません。

この病気をきっかけに禁煙にも成功し、保険会社から保険金も入りました。最小限の手術でほとんどダメージがなくがんと認められ、結構な金額をもらいました。
また病気は医者まかせではなく自分でできることもやらなくてはだめだということも学びました。「マイナスの出来事をプラスに変える」という経験でした。

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「きっかけは挨拶から・・」   会社員30代(女性)

 私は今のマンションに越してきてから、3年になりますが、未だに、住人の方、全員に会ったことがありません。
そんな中、毎朝、必ず会うのが、管理人の長谷川さんです。
長谷川さんは、70歳くらいのおじさまで、冬になると赤いニット帽をかぶり、まるでサンタのような方です。
毎朝、「おはようございます。」と挨拶を交わしますが、休み明けの仕事に行きたくない日でも、長谷川さんに会うと、“頑張ろう”と思う気持ちになります。
それは、きっと、長谷川さんが“にこにこ”して笑顔で挨拶をしてくれるからだろうと思います。
 
  そして、ある朝、時間があった時に、長谷川さんが、草むしりをしていたので、私は「いつもきれいにしてくれてありがとうございます。」と声をかけました。
そしたら、長谷川さんは、「感謝されないこともあるから、そんなことを言ってくれると、うれしいよ」と言っていました。なぜだか、良いことをしていても、批判される時があるそうです。
そんな話をきっかけに、時間がある時には、よく話しをすることが多くなり、ある時には、自分の庭で咲いたからとお花をくれたり、年末には、「窓の空気孔しめておきなよ」と言って、私の玄関の網戸のお掃除までしてくれたり、他の住人の方より、ちょっとだけ特別サービスしてくれます。
 
  ただ毎朝、挨拶をしているだけなのに、こんなにもあたたかい気持ちがもらえるなんて、ほんとに感謝したいです。
現在、長谷川さんは、先月、脳梗塞で倒れて、退職してしまいました。
なんだか身内のように親しくしていたので、今、とっても心配でなりません。(653文字)

 

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「人と比べることの愚かさ」   会社員50代(男性)

 私はいつも人と自分を比べ劣等感を感じて落ち込むことが多くありました。
例えば、セミナーなどで成功者の話を聞き、年配の方であれ、若者の言葉であれ、
自分が今までなんと無駄ない生き方をしてきたかの後悔の念に苛まれてしますのです。
『自分にはあんなことは出来ない、あるいは出来なかった』から始まって『なんて自分は劣っているんだろう』
になり、焦り始めてしまうのです。
自分の生き方が定まっていない、すぐ人に影響される、ブレやすい自分でした。

 そんな時ハロー話し方教室で『何故亀は兎にに勝てたか?』の講義を聴きました。


 兎は亀と比較しました。
それに対して亀は兎とは比較せず、ひたすらゴールの旗のみを見て走った。
兎から見れば歩いたのだでしょうが、亀は必死で歩いていたのです。
私は『これだ!』自分に欠けていたのはこれだと思った。
私はあまりにも人と比較して自分を苦しめ無駄な時間を無駄しているのだと思った。


 これを契機に自分より優れているように思える人を見聞きしても、
一瞬あせってしまうこともあるのですが、すぐ気持ちを切り替えて、
『人は人、自分は自分』と言い聞かせ、今の自分の課題に集中することによって、
無駄でくだらない人との比較スパイラルから逃れるようになってきました。

 『隣の芝生は青く見える』と申します。
今では人と比較するのではなく、今与えられている課題を集中することにより、
自分の進むべき道が鮮明になってきています。
 これからもひたすら自分のゴールに向けて、歩んでいきます。

 

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『俺が変ったら妻が変った。伝わってこそ意味がある。』   農業40代(男性)


  ハロー話し方教室では授業の後、必ずクラスの皆さんと懇親会を行っております。
その日のスピーチを酒の肴に大いに盛り上がり名残惜しい中、閉会となります。
その後、横浜駅から妻に電話をし、夜遅くバスもないので車で迎えに海老名駅まで迎えに来てくれるように頼みます。
 ある授業で『人に感謝の気持ちを伝えてみて』という課題が出されました。
心に持っているだけでは伝わるとは限らない、伝わって初めて感謝したことになる、と教えていただき、『アツ、俺のことだ!』と思わず今までの自分を振り返りました。
 妻には毎回夜遅く車で迎に来てもらってありがたいとは思っているのですが、その気持ちを言葉に出して伝えることはしていなかったからです。
 
  「知って行なわざるは、知らざるに同じ」と言います。
早速実行しました。
 『いつも悪いな・・・』と言うと『別に・・・』とあっさりとした返事が返ってきました。
授業での伝わって初めて意味がある、と言う言葉を思い出し、1回で終わらせてはダメだと思いました。
伝わるまでやろうと日を改めて感謝の気持ちを伝えました。それも心から・・・。
そう3回目の時でした。3回目でやっと私の気持ちが伝わったようです。
妻の口から出た言葉はなんと『皆で楽しく飲めるならドンドン飲んできて!』と言ってくれたのです。
妻も私と同じ農業で朝早くから1日中働いているのです。
夜遅く、毎回酔っ払いの私を駅まで迎えにくるのは決して楽なことではないはずです。
その妻が快く送り出してくれるようになりました。
本当に妻には感謝です。
 
  感謝は伝わってこそ初めて意味がある・・・。
これからも、心に思っているだけではなく、ありがたいと思ったら素直に感謝の気持ちを伝え、良い人間関係を作ってい行きたいと思います。

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