東京マラソンで感じた「心のふれあい」

東京マラソンに参加された選手の皆さん、
本日はお疲れ様でした。
激しい雨の中、一生懸命走っていらっしゃる
皆さんの姿に、心熱くなるものを感じました。

又この大会の運営にあたり、陰なる力になった
多くの方がた、本当にご苦労様でございました。
皆様のお力あっての大会だったと思います。

お陰様で私もこの「お祭り?」を
大いに楽しませていただきました。

何ゆえ楽しかったか?
それはたった一人でも
人目もはばからず声を張り上げて
応援させていただいたから。

沿道に沢山の人が集まっても
ただだまって見ていたら
走っている方が
「力が出ないんじゃないかな?」
そう思って声を掛けさせていただきました。

自分がもし走っていて「頑張って」と声掛けられたら
嬉しいもの。
そう思って声を掛けさせていただきました。

「お祭り」だもの。
自分から楽しみを見つけに行かなくちゃ。
楽しみなんて、自分からアクション起こさない限り
やってこないもの。
せっかく東京に住んでいて、
それも自分の家のすぐ側を通るのに、
何もしないなんて。「そんなの女がすたるわ」
(またー、大げさなんだから)

日本のみならず、世界中からこの東京に
折角来て下さるんだもの。
「楽しかった」って言って帰ってもらわなきゃ。
「江戸っ子の気がすまないってもんよ」
(あら、お姉さんいつから江戸っ子になったのよ?)
まっ、硬い話はこの際抜き。

だってホントの楽しみって「人と人の心のふれあい」で
作られるものだと思うから。

私の前を駆けぬけて行った、
名も知らぬ沢山の選手の皆さん。

私の声届きましたか?
こちらこそ楽しませていただき
ありがとうございました。

ある人は「応援ありがとう」と言って走っていかれました。
ある人は親指を立てて笑顔で走り去りました。
又ある人は、大きく手を振って応えてくれました。

「心のふれあい」が私の心に、ワクワクする楽しみを
もたらせてくれました。

「頑張って」という、たったそれだけの私の言葉だけれど、
「ありがとう」と交わした、見ず知らず同士の
たったひとことの「会話」だけれど
心に残る、心が通う温かいつながりを
持つ事が出来ました。

大きな声出してすっきりしたわ。
自分の「思いを声に出す」ってなんて気持ちいいんだろう。
ひさしぶりに、爽やかな気持ちにさせていただきました。

皆さんの頑張る姿を拝見して、私も元気に
なりました。
冷たい雨の中に、「春を感じるような」一日でした。

明日から又お互い元気でがんばりましょう。
本当に皆さん、お疲れ様でした。

youko

ときわ台駅で殉職されたおまわりさんに捧ぐ

おまわりさん あなたのような

高い徳をもった方が

この世を去られた事がこの上なく悔しい

生きてこの世で職責を

まっとうしていただきたかったと

心から残念でならない。

 

自殺しようとした女性は、

なんという罪を犯してしまったのだろうか。

彼はきっとあの世でも叫ぶだろう。

あの日、線路の上で、叫んだ時と同じように

「生きろ。死ぬな」と。

 

血を吐くような生き地獄を

これから彼女は強いられるだろうが

それでも生きていって欲しい。

なぜならそれが死んでいった彼の願いだから。

 

自殺がいかに身勝手で愚かな行為であるか

彼女のみならず自殺願望者はこの事件で

解かったはずだ。

いや解からないなら、ぜひとも解かって欲しい。

今すぐ解かって

ひとつ賢くなって欲しい。

 

人間が賢くなると言う事は

生きる意味をひとつ知ると言う事。

それが彼に対する最大の償いだと私は思う。

 

おまわりさん あなたから私は

究極の「生きる意味」を教えていただいた。

口先ばかり偉そうな事言っている

私はあなたの足元にも及ばない。

だからあなたのような尊い人に

もっともっと生きていて欲しかった。

 

おまわりさん あなたの

「遺していった物」は必ずや

生きて私達が語り継ぐ。

私達が自らの心に語り継ぐ。

 

心に留めなければ罰になる。

心に遺さなければ罪になる。

 

おまわりさん ありがとう

あなたにはささやかな日常が

いかに大切か教えていただいた。

 

今日という日がいかに大切か

その一瞬が、いかに深い意義を持つのかを

あなたは身をもって教えて下さった。

 

明日が必ず訪れるはずという

ノー天気な私に今日を生きる大切さを

知らしめてくださった。

 

おまわりさん ありがとう

あなたには深い愛の意味を

教えていただいた。

 

まったくの他人に心砕ける

愛がどこまでも

惜しみなく注げられる事を

あなたは身を挺して教えて下さった。

 

近しき人々とさえ馴染めず、

時には争うエゴ丸出しの

愛とはほど遠い世界と

近すぎる関係ゆえ

押し付けるだけの強引で

強欲な愛の世界

そのどちらにも属さない

美しい愛の世界があることを

あなたは沢山の人々に教えて

この世を去られた。

 

今日、この時間も夜勤で夜更けの町を

私達の為に巡回して下さっているおまわりさん

 

雪の吹雪く遠い町のどこかでも

小さな離島の駐在所でも

 

ある人は酔っ払いの介抱かも

ある人は家出人の説得かも

今夜もあなたの分まで

あなたのことを胸にしまって働いている。

 

あなたは働いた。

他人の為に働いた。

働く 正に字のごとく

人の為に動いた

動いて、動いて動き回って

力尽きた。

 

明日から又一から人生やり直すつもりで

一生懸命歩いていきます。

それがせめてもの

あなたへの感謝の気持ちです。

 

おまわりさん 本当にありがとう

心からご冥福をお祈り申し上げます。

 

合掌

youko

他者を思いやる心を欲す

皆さんこんにちは お変わりございませんか?
それにしても暖かいですね。
東京は晴れの日が続き、ぽかぽか陽気。
暖かいのは楽でありがたいけれど、
こうも連日「今日は3月の陽気でしたとか、
今日は花見の日と同じ気温でした。」
なんて言われると、喜んでばかりも
いられないわと真剣に思ってしまいます。

子供時代と全くと言っていいほど
違う冬に戸惑うばかりです。

私が生まれ育った横浜でも、子供時代は雪が降り積もり
雪合戦や雪だるまを
作ったりして友達と思いっきり遊んだものです。

晴れた朝は零度以下の日もめずらしくなく、
霜柱をザクザク踏みしめ、白い息を吐きながら
学校に通ったものだった。

今でもはっきり思い出すのが6歳の冬に
(1966年、昭和41年と記憶している)降った雪は
一日で30センチも降り、学校は休みになり、「ヤッター」とばかり
外に出て、大はしゃぎ。
雪の中にものさしを入れて「ホントだー、30センチ」なんて大騒ぎ。
そんな楽しく懐かしい思い出も
今の子供達に作ってあげられないなんて。
たった40年余りでこんなに変わるなんて。

何でも2100年頃には、平均気温が今より
6度以上高くなり、(えーっじゃあ夏は気温40度ってこと?)
2050年頃には(ひえ-っ、2050年なんてすぐじゃない)
南極の氷が夏の終わりに全部消えると
予想が出ているけど、(実際、南海の島キリバス共和国では海面上昇で
国が沈みかけ、すでに隣国オーストラリアがキリバスの住民の
受け入れを始めているそうです)

40年以上前と明らかな違いを知る私にとっては
これこそ「捏造なんかじゃないわ」とすぐそこまできている
危機をひしひしと感じています。

マラリヤやテング熱など熱帯の病気が蔓延し、
生態系を狂わすばかりでなく
作物の生育も、その分布も大きな変化を
もたらすであろうと考えられる

米の話1つとっても今のようなうまい米が取れなくなるばかりか
その量もこのままでは20パーセント以上減ってしまうとのことです。

なんか空恐ろしい話ばかりだが、これがやがてくる地球の
「真実の姿」だとしたら私は一体何をすべきなのだろうか?
一人一人が真剣に考えなければならない時期がきている。

今の豊かな経済活動やこの繁栄を手放したくない。
もっともっと享受したい。と言う浅はかな考えのままでは
もしかしたらもう手遅れの段階まできているのではないだろうか?

薪で風呂を沸かしていた頃、ボタンひとつで風呂が沸く日がくるなんて
考えすら浮かばなかった。町の小さな商店に
買い物かごをさげて、買い物をしていた頃、
(ビニール袋なんてなかったのです)
24時間買い物が出来るスーパーができるなんて夢にも思わなかった。
卵はばら売りで、パックに入って売り出したときは、
正直これで割れずに済むと嬉しかった。

ぞくぞくいろんなものができても、ただ便利、便利でいつのまにか
それが当たり前になりやがてありがたみも忘れてしまい、
しまいにはああして欲しい、こうして欲しい
あれも欲しい、これも欲しいになってしまった。

さんざん豊かな生活をしてきて、今更偉そうな事を言えた義理ではないが
その結果が地球温暖化では、未来に生まれ、生きる人々に申し訳がたたない。
あまりにも無責任で、悲しすぎる。

もう24時間の生活から足を洗う?時がきているのではないだろうか?
そうすれば人々が時間に追われることが無くなるのではないだろうか?

もうそろそろ本物の夜、
「闇を知り、静寂の音を聴く」生活を
共有する時期がきているのではないだろうか?
夜が休息、安息の時間にあてられたら
ストレス社会から開放されるのではないだろうか?
経済活動は明らかに停滞するだろうが、世界中の人々が歩調を合わせれば
穏やかで、心まで美しい世界が展開されるのではないだろうか?

24時間息つく暇の無い社会がそんなに良いですか?
24時間たゆみなく活動する世界がそんなに美しいものですか?
働く時は働く。休む時は休む。
この当たり前の時間のけじめが
心のけじめを作るのではないだろうか?

一人一人が胸に手を当ててじっと地球の声を聞きなさいと
今日の12度という気温が、雪の降らない東京の天気が
訴えかけている気がしてならないのです。

地球から大きなしっぺ返しを食らわないうちに
100年後の未来に深い悔恨の念を残さないために

天に畏敬の念を払い
天を仰ぎ、天と共存する心を
物欲でもない、まして金の亡者でもない
他者を思いやる心(人、物、この世の全てに存在する物全てを愛する心)を
自らの心に欲したいと私は強く念じる次第である。

それでは皆さんごきげんよう。

youko