人がいて自分~コミュニケーションで成長を~

どこからか金木犀の花のこぼれるようないい香り。
ふっと足を止めてあたりを見回す
お墓参りの帰り道。

今年もこんな季節になったんだ。
そんなことを思いながら門を開ける。

玄関脇の彼岸花が、その名の通り彼岸にあわせて
紅色に一輪、二輪と細い花弁を風に揺らしている。
萩の花がこまやかな白い花びらを散らして
今年も同じ場所で、秋を告げてくれた。

毎年同じ場所で、毎年申し送りをしたかのように
きちんと季節を教えてくれる。

思わず深い息をする。
澄んだ秋のにおいを胸の奥に吸い込む。

ほんのわずかな時間。そこにたたずんでみる。

祖母が庭先をゆったりと散歩する姿や、
背広姿の若き日の父が、あの曲がり角を
今にも「おっ」と言って手をあげて帰ってきてくれそうな気がする。

ほんの2,3年前、まだ元気だった頃の母は
この季節、こんなあたたかな日は庭先に出て
こまめに植木の手入れをしていた。

時折手を休めては、ご近所の人と立ち話をしたり
時には、はさみで花を切っては「仏さんにあげて」
なんていってプレゼントしては喜ばれていた。

祖母も、父ももうこの世の人ではなく、
母は日常のほとんどを、自宅のベットの上で過ごし
季節の移り変わりを、窓越しに眺めるだけになってしまった。

「懐かしいな」そっとつぶやいてみる。
全部、全部思い出になってしまった。

でも、悲しさは不思議なほどなくて
ほっこりとぬくもりに包まれ、
幸せな気持ちにさせてくれるのは
母が手植えをした、花々の優しい姿のせいだろうか?

それとも草木のまだまだ深い緑の濃さのせい?
高くなった空も、心に語りかけるように青色を増してくる。

全てが、優しく語りかけてくれるから
淋しさではなく、前向きな気持ちになれる。

いつもなら、今頃は母をトイレに連れていく時間。

「母ちゃん、トイレ大丈夫?」「うん」
「母ちゃん、おもらししてない?」「してないよ」
(でも、これがけっこうしてたりするのよ)
ぎゃ。今日もやっちゃったよ。
こんなことの繰り返しにもすっかり馴れた。

「素手で、おしりを洗ってあげられるなんて僕にはできないよ」
主人は悲鳴に近い声をあげるが、私は平然と答える。

「素手じゃないと汚れが落ちたかどうかわかんないのよ」
早いものである、お陰様でこちらも
すっかり慣れっこになり
もう一年近い日々が経ってしまった。

でも今日は違う。
母はデイサービスに朝から出かけている。

本来なら私も東京の家に行って、
洗濯やら、掃除やらと格闘?している時刻。

「いつもありがとう。今日はゆっくり休みなさい」
実は昨日より体の調子がいま一つ。
肩が凝って湿布のお世話になっている始末。

やれやれ、年取ったもんだわさ。
そこで今日は素直に?主人の思いやりに
大手を振って?甘えさせてもらっているという訳。

まったくもって主人には感謝するばかりである。
主人の理解なくしては、この実家での介護など
ありえない。

主人だけではない。

ほんと人々の力を借りなければ
とてもじゃないが、母の面倒は診られない。

たちまちギブアップするのは目に見えている。

週2回のデイサービス。
ここで働く若い介護士さんたちの明るさには
私まで勇気がわいてくる。

「おはようございます」
朝、元気な声で迎えにきてくれる。
「ヨネコさん、髪切ったの?ステキ」
すかさず、ほめてくれては母を喜ばせてくれる。

帰りも疲れているはずなのに、皆、笑顔で送ってくれる。
「今日はたくさんお話してくれたのよね。ネッ、ヨネコさん」
「うん」母もニコニコしている。

「パンツ汚されたから、おしり洗いました」
「わっ、ごめんなさい。お手数おかけしました」
「全然、平気。気にしないでください。それより、ヨネコさん気持ちよかった?」
「うん」「ほんと?よかったぁ」

こんな会話に私はどれだけ慰められてきたか。
私と同じように母の汚れたお尻を洗ってくださる
下手したら私の半分ぐらいの年頃の介護士さん。

私は自分の親だからしているけど、この人たちは皆、他人。
ただただ、感謝。まったくもって頭が下がる。

月一回訪問してくださる、ケアマネージャさんには
介護のアドバイスをいつもいただき、これまた感謝している。

あれは自宅で介護を始めた直後。
母と手をつないで、トイレに立った時のこと。
「ズボンの後ろをつかむと楽ですよ」

なるほど、本当に楽だ。
こんな些細なことでも、介護に関してはまるっきり素人の
私にとってはありがたい「情報」だ。

寒い頃、風邪をひかれた時は、正直パニック寸前だった。
昨日まで元気だった母が、ぐったりして死んだようになってしまったからだ。

「どうしたらいいんでしょうか」医者には連れて行った。
薬ももらった。熱は下がった。

でも食事が自分で取れない。トイレにも行けない。
普段と全く違う様子にとまどったどころではなかった。

どうしていいか解らずケアマネージャさんに思わず電話で助けを求めた。
その時、掛けてもらった言葉にどれだけ助けられたか。

「私たちだって、風邪をひいたらフラフラになるし、
食事だって喉を通らないじゃありませんか。
そんなに、心配しなくて大丈夫ですよ。

無理やり、歩かせたりしないで、今日はオシメでいいじゃないですか。
ゆっくり寝かせてあげてください。

食事も無理やり食べさせないで、あたたかいお茶をたっぷり飲ませてあげてください。
頑張り過ぎないで。力を抜いてください」

翌日、母は又自分の足で歩いて、トイレに行けるようになった。
食事も自分で、お箸を持ってパクパク食べてくれた。
それは拍子ぬけするほどだった。

「頑張り過ぎないで。力を抜いてください」
そうだ。私は力み過ぎていた。
なんとか食事をとらせようと焦っていた。
このまま起こさなければ寝たきりになると、無理やり起こしていた。

あの一言がなかったら、今も無駄なところに力を注いで
肝心なところに気持ちが行かないままだったと思う。

肝心なところとは?気持ちが行かないとは?
それはどこか?

母の気持ちだ。
私は母の気持などまったく思いが至らなかった。

実は退院した日から、病院と同じようなサイクルに
母を当てはめてしまっていたのだ。

朝は決まった時間に起こし、朝食を食べさせ
決まったような時間にトイレに行かせ、
決まった時間に寝かしつける。

病院ならそれはいたしかたないことだろう。
規則正しい生活は、健康的な生活にもつながる。

ところが私の場合は、あまりにも柔軟性が欠けていた。

眠そうでも、このままおしめの生活になったらこまるとばかり
フラフラした足取りでもトイレに連れて行った。

起きたばかりでおなかが空いてもいないのに
栄養が足りなくなってはやせ細ってはこまるとばかり
ご飯も茶碗一杯よそって、おかずも何種類も用意したりした。

お昼寝したそうでウトウトしていても、寝たきりになったらこまるとばかり
無理やり椅子に座らせたりもした。

今考えたら拷問のようだったと思う。
すべて母の為という一見、思いやりのあるような
行動を私は実践していたが、結局は
「私はこれだけやっている」という
自分の自己満足だったのではないかと
今になって思う。

「頑張っているわね」という他の誰かから
認めてもらいたいというどこか浅ましく
卑しい下心もそこには潜んでいたのかもしれないという
事にも気付かせてくれた。

時間のゆとり、心のゆとり、体のゆとり
すべてにおいてどこかで失くしていた。

それは柔軟性の欠如でもあった。

今にして思えば、あの時母が熱を出してくれたのも
私に大切なことを教えてくれるために
父が仕組んだいたずらだったかも?

「陽子、無理するな。母ちゃんは自分でできるようになればやるんだから。
心配するな。そんなに母ちゃんはやわな人間じゃないぞ。
できないところをお前がちょっとだけ助けてやればいいんだ。

何もかも先を読んでやってやるばかりが優しさとは限らんぞ。
今、何を母ちゃんが望んでいるのか。
母ちゃんの気持ちを一番に考えろ。それが本当の優しさってもんだ」

そんな声が聞こえてきそうな気がする。

皆さんも同じような経験はありませんか?

職場で普段の生活の中で
「これしかない」と
思いつめ、バランスを欠いていることさえ
気がつかず、焦るばかりで
アップアップしていませんか?

又、人に良かれと思いながら
それは勝手な思い込みだったり
挙句の果ては相手に迷惑さえかけていたり
それでいて肝心な時に手を差し伸べてあげられない。

あーあこれだから人間関係はめんどくさいと思っても
この世で生きている限り
コミュニケーションから逃げることはできない。

コミュニケーションなくして人間の成長はありえないから。

人を傷つけたらすぐに「ごめんなさい」が言える人は
自分の傷は浅くて済む。
なぜなら傷の痛みを知っているから。
だから相手を傷つけまいと心配りができる。
それが真の大人だと思う。

自分がいて、人がいる。
人がいて、自分が生かされている。
このことに気がついた人は幸せ者だと思う。

相変わらずすぐカッカする私は
50近くになっても真の大人には成りきれず、
おばさんパワーだけは満載で日々過ごしております。

先日も新調したばかりのジャケットの背中に
カラスに思いっきり糞をつけられカッカして
(父はこんな時、「運がついたと思え」とよく言っていましたが
とてもじゃないが、私は「ラッキー。ついてるぅ」なんて
まだまだ修行が足りないので言えませんです)

「このーカラスめッ」とばかり
カラス相手に我を忘れて
派手な立ち回り?をしたばかりでございます。ハイ

この文章を打ち始めてからすでに一週間近く経ってしまいました。
遅々として文章が打てずまったくもってお恥ずかしい限りですが
どうぞお許しくださいませ。
お陰様でここ数日は、湿布のお世話にならずに済んでおります。

いい加減に今日あたりでこのブログは仕上げ
今日は優しい?主人が参りますので、これから主人の好きな
サトイモの煮付けや、きんぴらごぼうを作ろうと思います。

(せめてこれぐらいやらないと、ほんと罰あたりと言うか又
カラスの祟り?にあいそうだもんね)

それでは皆様もくれぐれもお体を大切になさって下さいませ。
今日も長々おつきあいいただきまして
まことにありがとうございました。

それではごきげんよう。

気づきであなたも幸せに~話し方で新たな人生を~

皆さんこんにちは
8月29日のスピーチコンテストは暑い中
本当にごくろうさまでした。
30名もの方々にお集りいただき、
盛況のうちに無事終えることができましたのも
これもひとえにお忙しい中、
また今回もはるばる
遠方より(遠くは長野県松本市から)
上野まで御足を運んでくださり
ご参加くださいました皆様のお陰と
改めて感謝申し上げます。
ありがとうございました。

今回は総勢9名の方が
スピーチコンテストに参加してくださり
すでに先生が各個人の講評をされているので
私からは総評ということで、
感想を述べさせていただきたいと存じます。

まずもって毎回感じることが
皆さん方の成長である。

それは話し方以前の問題である
人に話を聞いてもらうために必要不可欠な
好印象、すなわち「笑顔の成長」を
皆さん方が習得してくださったという点で
まずもってお礼を述べたい。

ご自分ではなかなか気がつかないかもしれないが
初めてお会いした時と、卒業されていく時の
お顔がまったく違っているのである。

特に12回、3か月コースの方はより顕著であり
何よりも皆様方が本来持っていらっしゃる
一番素敵な宝物と言ってもいい
笑顔がほんとうにどなたも素晴らしい。

正直「えーっこんなかわいいお顔をしていらしたの」と
思う方に今まで何人お会いしたか。

心の緊張がそのままあなたの顔になる。
この笑顔にたどり着くまで
どれだけ遠回りしてしまったのだろう。

心を解放してくださった方
(ハロー話し方教室では
「心の開示」をスピーチにのせて
常々語っていただきたいとお願い申し上げている)

この解放を思い切って、
そして思いっきり開示してくださった方ほど
とってつけたものではない
自然な笑顔に辿りついてくださった。

心を自らが縛りつけ、また片寄らせていたことが
どれだけ日々の暮らしまで苦しめ、窮屈にさせていたのか。

今回も又このことに気づいてくださった方が
はからずも優勝、準優勝となった。

準優勝のPさんは、再受講組のお一人で
今回グランプリ発表後の
授賞式では「本当は優勝を狙っていたんですが」と
Pさんらしいユーモアに満ちた一言で
会場を沸かせてくださった。

スピーチの中で「話下手だった」と言う
以下「かぎかっこ」は本人の言葉をそのまま引用。

Pさんは、いまや押しも押されぬ
ハロー話し方教室の
名幹事役?のお一人でもある。

それも何を隠そう卒業生の仲間内を集めての
ハロー話し方野外活動教室?では
まさに先導者であり、
つい先日もPさん主催?の
多摩川の花火大会では
20名もの卒業生が集まったという。

それもこれもすべてPさんの
仁徳であると私は思う。

話し方教室に通って
自分は「勝手に劣等感を植え付けていたと思った」
また前回の受講では「本心からしゃべっていなかった」

今回の再受講では「自己開示を心がけた」と言う
それもあなたは「当り前のことに気づいた」と言う。

自分の心の内をさらけ出すことが
どれだけ怖いことで、恥ずかしいことで、勇気を必要とすることか。

誰しもが逃げたくて、いや実際逃げて、逃げて、逃げまくって
その果てに逃げ切れなくてハロー話し方教室の門を
どれだけ多くの人が今まで叩いたか。

その話し方教室に通っても、やっぱり本心を語れず、
最後まで笑顔を見せぬまま
自分を保身したまま
教室を去って行った人も正直なところたくさんいらっしゃった。

でもPさんあなたは違った。
あなたは怖さも、恥も解った上でなおも
勇気を奮いそして
自分自身をも許したのだ。

自分を許すというのは決して
自分を甘やかすことでもなく
ましてや保身に回ることでもない。

あなたが真夏の多摩川で
まだ日の高いうちから、一人川原で
ただひたすら皆の楽しみのために
ゴザを敷いて待っていた。

その行為こそ美しく、
自分を許している他ならないのである。

ひとつ間違えたら
熱射病になりかねない
命にもかかわるようなこと
誰が好き好んでやるもんですか。

人のためにこのくそ暑い中ばかばかしい。
金積まれても俺はやだねって言う人間がこの世には
ごまんといます(かくいう私も偉そうなこと言っていても
いざとなったらその口デス。ハイ)

でもあなたはそのばかばかしい
人のために奔走する場に
自ら進んで、身を置く自分を許しているのです。

だからあなたの人生がより豊かで楽しいものになり
あなたの掛声一つであっという間に20名もの人が
河川敷まで集まってきたのです。

花火がただ見たいだけならこれだけの人は集まらないと
私ははっきり断言します。

「単に好きでやっているだけです」
あなたは笑顔できっとそうこたえるんでしょうね。

コミュニケーションが苦手な人が
ハロー話し方教室にはたくさんいます。

どうしたらコミュニケーション達人?になれるか
私共が百万回話して伝えるよりも
あなたは行動で示してくださった
それこそが答えであると私は思います。

私はあなたのコンテストのお話ではなく
(Pさん、ごめんなさい)
なにげなくお話ししてくれた
花火大会でのゴザ係り?のお話に
涙がこぼれそうでした。

準優勝おめでとう。
あなたは取るにふさわしい人でした。

自分を許すことは、同時に他人を許すこと。
それは他人を信じることに繋がる。

信じることは同時に愛すること。
愛とは何も男女の恋愛をさすばかりではない。

隣人を愛する。親兄弟を愛する。
職場の人間を愛する。
友人を愛する。

その愛の大切さを涙ながらに語ってくださった
こちらも再受講組のKさんが優勝された。

まずもっておめでとう。

「来るべき時に来てくださったのね」
帰り際、声をかけた私の胸であなたは
「ありがとうございました」
と言って泣き崩れた。

その涙は、これまで耐えてきた
胸のつかえを洗い流す涙だった。

「辛かったわね。でもよくがんばったわね」
私は泣きじゃくるあなたの背中をなでながら
あなたがここからまた
新たに明るく歩き出せる人だと
確信した。

そうだ。話し方の神様?がここで行けと
まさに命じた?としか思えない絶妙なタイミングで
あなたは再受講したとしか
私は思わずにいられないほどだった。

仕事先で主任と衝突。
よくある話だ。
しかし、職場の人間関係がこじれるほど
働く者にとってこれほど辛く
やっかいなことはない。
ましてKさんのようにベテランになれば
なおさらだ。

たいていの人間はここで主任の悪口を言って
自分を正当化させる。
そして「触らぬ神にたたりなし」とばかり
やっぱりここでも「ほうほうのてい」で
話し方同様、逃げるのがおちである。
(またまた私も偉そうなこと言っていて同類)

でもKさんは違った。
「ベテランという傲慢な気持ちが自分にある」
だから主任と衝突するのだ。
そしてKさんは続けてこう言った。
「主任から学んでいこう」と決めたと。

職場を円滑にし、なおもあなた自身を心豊かにする
人間愛の大切さにあなたは気がついた。

そしてKさんのなお凄いとこ。
家庭においては、
「主人にありがとうございます」
感謝の気持ちを伝えようと言葉に出すことも
自分自身と約束したこと。

自分自身と約束することがいかに難しいか

ましてやご主人に言葉に出して伝えるなんぞ
結婚17年目の私は、
それこそ「穴があったら入りたい」心境だった。

それこそ普段、合同授業で偉そうなこと言っているが
「主人なんかないがしろ」
ひとり東京の自宅に置き去り?にして
実家で母の面倒を見始めて
はや一年近く。

それでも文句ひとつ言わないどころか
「お母さんの世話をするあなたは本当に偉い」とまで言ってくれる。

親の世話は当たり前だと思っている私にとって
それは気恥ずかしくなるほどの褒め言葉だ。

その言葉をかけてくれる主人に私は
どれだけのことをしているのだろうか?

Kさんあなたは夫婦の愛についても
教えてくれたのだ。

そして再三言わせていただくが、
よくぞ辛い時期に通ってくださった。

たいがいの人間はここで逃げるのよ。
職場で辛かったらなおのこと。

渋谷の酒場に逃げ込まず
よくぞ渋谷の話し方教室に駆け込んでくれたものだと
私は心から感謝の気持ちで一杯になった。

あなたは自分で自分を救う術を話し方教室で
学んでくださった。

Kさんあなたは素晴らしい人だ。
だから私はあなたの
泣きじゃくる背中をさすった。

あなたの涙は出発の涙だ。歓喜の涙だ。
ともに喜び合えたことに私は感謝したい。
ありがとう。そしてほんとうにおめでとう。

スピーチコンテストに参加してくださった
全ての人が何らかの自分の変化を感じ取ってくださった。

「あがりが楽しくなった」Oさん。

「最近感じた事を考えるうち自分の考え方がわかった」Sさん。
12回休まず通ってくださってありがとう。

「新しい自分との出会い」ができたと言うYさん。

「話し方には気持ちが大事]と思えるようになったHさん。
横浜から、電動車椅子で上野の合同授業さえ一度もお休みすることなく
通ってくださったばかりか、最終授業では、再びトライし始めたフルート演奏を
皆の前で披露してくださった。
あなたの姿に励まされたのは、きっと私だけではないはず。
ありがとう。

横浜の模擬結婚披露宴でお婿さん役をしてくださったYさん。
模擬結婚披露宴を行った晩は「眠れないほどの感動だった」
「行動力は、人間力だ」気付いてくださってありがとう。

「人前で恥をかくことを、自分には耐えられない」そんな自分が
「恥を恐れなくなった」あっぱれMさん。

青梅から通ってくださったOさん。
あなたも話し方を学んでみて
「自分が変わった」とおっしゃってくださった。

みなさん「変わった自分」を感じてくださって
本当にありがとう。

話し方教室で私どもが目指す最終目的は
まさにそこなのです。

感じてくだされば、
気づいてさえくだされば
それであなたの人生は、
次のステップに進むことができるのです。

この次のステップに進み、新たな
扉を開いた方をご紹介し
今日のお話を終えたいと思います。

それはハロー話し方教室で
学んでくださった卒業生のKさんが
このたび9月5日に
めでたく御結婚されました。

「人のために何かすることがこんなにも素晴らしく
感動することだとは気がつきませんでした。
人のために何かするということは自分の為なのですね」

あなたが話し方教室で学び、
気づき、私どもにかつて
プレゼントしてくださった素晴らしい言葉を
披露宴のお席でご紹介させていただきました。

Kさん、おめでとう。
花嫁姿のあなたは本当にお綺麗でした。

それはあなたの心の美しさそのままでした。
どうぞ末永くお幸せに。

どうぞ皆様もお体を大切になさって
新たな扉を臆せず、自らの手で開いていってください。

それが私どもハロー話し方教室の願いであり
それを祈願いたしまして
今日のお話を終えたいと存じます。

本日もお付き合いいただき
ありがとうございました。

ごきげんよう。