「原点に立ち返れ」~豊かな恩恵に感謝を~

2013年の夏が去ってゆく。この夏も色々あった。四万十では国内観測史上初41度を記録し、 
 
全国各地で、熱中症により100人以上の方が命を落とされた。
 
島根、山口、秋田などでは一時間に100ミリ以上という豪雨に見舞われ
 
川の氾濫、がけ崩れ、山崩れで多数の死傷者を出した。
 
福知山では屋台が爆発し、本来なら楽しいはずの花火大会が惨事の場と化し尊い命が失われた。
 
今なお多数の方が重度のやけどで治療を受け苦しんでいらっしゃる。
 
お元気に回復されることを切望する。
 
夏の最後を彩る花火大会では帰宅時に若い女の子の命が無残に散らされ心が痛んでならない。
 
一日も早い犯人検挙を望む。
 
改めて、この夏お亡くなりになられた多くの方々に謹んで心からご冥福をお祈り申し上げます。
 
 
 
そして夏の最後にきて、再び福島の原発がなにやらきな臭くなってきた。
 
それはくしくも?我が家に東電からの請求書が届いた日だった。
 
わが人生?初の電気料金2万円越え「ドヒャー」
 
ひっくり返った矢先に飛び込んできたこのニュース。
 
 
 
廃炉作業に参加している東電協力会社(福島県いわき市)の会長(72)の話しをここに記す。
 
会長が東電幹部やゼネコン関係者から聞いた話では、今回水漏れを起こしたタンクは、設置工事の期間が短かった上、東電の財務事情から安上がりにすることが求められていた。タンクは組み立て式で、猛暑によってボルトや水漏れを防ぐパッキンの劣化が、通常より早まる可能性も指摘されていたという。
 
会長は「野ざらしで太陽光線が当たり、中の汚染水の温度は気温より高いはず。構造を考えれば水漏れは驚くことではなく、現場の感覚では織り込み済みの事態だ。現場の東電の技術スタッフも心配はしていた」と明かす。
 
 
どんな感覚をしているのか?人の命をなんと考えているのだろうか?
 
自分さえ良ければという考えなのかもしれないが、その自分さえこれでは危ういではないか。
 
 
 
八重の桜をテレビで毎週、拝見させていただいているが、
 
あの会津人の人たちは、自分たちを捨てて会津のために戦った。
 
生き残った人々は、明治と言う新しい時代を、
 
今度は国の為に捧げると奮闘している。
 
私は会津人の魂は日本人の魂と思っている。
 
決して架空の話しではなく、わずか100年ちょっと前の話ではないか。
 
ここまで人の心が荒廃してしまったのか?
 
 
 
ましてや先に大戦からならば、たかだか68年ではないか。
 
敗戦から立ち上がり、焼け野原だった日本を生き残った
 
多くの先人達が経済大国といわれるまでにこの国を作り上げてくれた。
 
新幹線しかり、高速道路しかり、黒部ダムしかり、東京タワーしかり、
 
胸に掲げた高い志は全て日本の為にだった。
 
 
 
原発も日本の為にだったはずだ。
 
どこで舵取りを間違えたのか?
 
愚かな心で再びこの国を今度は自らの手で荒廃させるつもりなのだろうか?
 
私には爆発する前からどこかに志を置き去りにしてきたように思えてならない。
 
心や志が自分だけ、己の利益のみにむけられた結果が「想定外」を生み出したのではないだろうか?
 
先の福知山の花火大会しかり、原発事故しかり。
 
 
 
豊かな恩恵を授かったが、「他を思う」心と
 
「他を思いやる」志を忘れたら授けて貰った事さえ疎かになってしまう。
 
まずは豊かな恩恵に感謝するところへ立ち返れば、自ずと道は開けてくるのではないだろうか。
 
 
 
「原点に立ち返れ」
 
まだまだ痛いほどの太陽の光と
 
目の玉が飛び出すような電気料金の請求書を目の前に
 
痛烈に思い知らされたこの夏の終わり。
 
 
 
今日も読んでいただきありがとうございました。
 
9月になったとはいえまだまだ暑さが厳しそうです。
 
どうぞお体をご自愛ください
 
それでは ごきげんよう。

2020年 東京オリンピック開催決定に思うこと~「までな心」で良しとする~

 

1964年(昭和39年)の東京オリンピック時、私は4歳だった。

横浜に住んでいたが、それでも東京からの熱気が子供ながら十分に伝わってきた。

いや、日本中が戦後の惨めな敗戦からこのオリンピックを契機に

一気に変わってゆくのを、目の当たりにする喜びに沸き立っていた。

高速がバンバン走り、新幹線が開業し、連日放送されるオリンピック中継を

心躍らせ、家族皆で見入ったものだった。

当時は白黒のテレビで赤々灯る聖火台というわけにいかなかったが、

雲ひとつない晴天の空とともに心の中にくっきりと思い描くことが出来た。

 

中でも「東洋の魔女」と言われた当時のソビエト(現ロシア)対日本の女子バレーは

手に汗握る好試合でハラハラ、ドキドキしながら食い入った。

見事金メダルに決まった瞬間は、4歳の私でも号泣したほどだった。

翌日さっそく母がバレーボールならぬ風船を買ってくれて

8畳の和室に布団を敷き詰め、幼かった妹と3人で「回転レシーブ」などと大騒ぎしながら

楽しんだことを昨日のことのように思い出す。

そんな心躍る体験を、日本の子供たちにも味わってもらいたいと心から願う。

 

福島の汚染水問題がここに来てまた危ぶまれている。

正直、オリンピックを辞退してさらなる救済を最優先すべきと思っていたが

こうして決定となるとやはり素直に嬉しい。

原発を減らし脱原発まではいかないものの、

クリーンエネルギーに徐々に方向を転換する発表も行われ

オリンピック開催決定と共に久々に明るい話題をいただいた。

是が非でも、国内外の「知の結集」でこの難局に立ち向かってほしい。

7年後に全面解決は難しいだろうが、

牛歩の歩みでもいいから前進していただければ、

こんな喜ばしいことはない。

「わずかな好転でも、それはやがて大きな希望の光となる」

そして一日でも早く福島の人々が安息の地を得られるよう心から祈る。

 

私のいとこは福島で農業を営んでいる。

原発が爆発した時は「片腕がもがれたみていだ」と呆けたようにつぶやいた。

あれから2年と半年になろうとしている。

先日電話で「やっと元気になったぁ」と明るい声で話してくれた。

田植えが出来た。ただそれだけで「んだ。こっだら幸せなことねぇ」と心から嬉しそうだった。

これからTPP問題も本格的に始動してくるだろうが、結果はどうなろうとも

日本は「品質」と言う「強い武器」をもっている。胸を張ろうではないか。

 

いとこの口ぐせは(ここも福島弁で)

「おらんとこの 米さは、薬なんかひとっつも使ってね。

うーんと「まで」に作ってんだぞい。だからはぁ誰にもさ 負げねえ」

福島ではこのような細やかさや丁寧な心配りを「まで」と言います。

米だけではなく、オリンピックでもこの日本の品質、特質とでも言おうか

細やかな心配り、おもてなしの心で世界中の人々を魅了しようではないか

 

さて7年後、あなたはどんな日本人のおもてなしの心を発揮できるだろうか?

あいかわらず人見知りで、もじもじ。

外国人に道を聞かれても逃げる?

それとも果敢に攻めていく?

それこそ、話し方教室でお勉強することをお奨めいたします。

なに?英語ではない?いいの。いいの。日本語で。要は心意気の問題。

笑顔で接すれば、中学レベルの英語でなんとかなるものなの。

私はこのレベルで、数々の難局?

(外国人に何回も道を聞かれた)を乗り切って参りました。

 

うーん私?そうね。どうしようかな?

その時60のおばちゃんに何が出来るか?先日引退した宮崎監督ではないけれど

秘策?はあるんだけど、、、。出来なかったら恥ずかしいので

今は秘密にしておきます。でも絶対オリンピックに何かしらの形で関わりたいです。

だって生きているうちで、これが最後のチャンス。

前回の東京どころかこれまでさんざオリンピック楽しませてもらって

いくら年取ったって、今回もただテレビ観戦だけじゃねぇ。

なんか一つぐらい、人様の役に立つことしなきゃそれこそ罰あたりそうじゃない。

宮崎監督みたいに立派じゃないけど少なくとも後悔だけはしたくないもの。

だってそれが日本人ってもんじゃない。

それこそ「までな心の精神」で外国の人が「ナイスオリンピックだった。

日本人のおもてなしはワンダフル」と言って笑顔で、帰っていただけるよう頑張りたい。

そしてこれだけは忘れずに言いたい。

「震災のときは日本を助けてくれてありがとう」

 

あっ、でもそれまで長生きしなくちゃ。

元気で生きてゆく目標をいただきました。

おめでとう。そしてありがとう。東京オリンピック開催。

最後に昨日散歩がてら見つけた近所のお寺の門に掲げられた一文を

記して今日はお開きにしたいと存じます。

本日も読んでいただきありがとうございました。

「天は戒(かい)を与え、善を良しとする者を守る」