死んでも父ちゃんは面白い? ~小保方さんのニュースに接して~

先日10年前に亡くなった父の夢をみた。
「この世に戻ってこようと思ったら、
戻るには手続きが必要といわれたんだが、
いやー、面倒で面倒で。
俺、疲れちゃったよ」
父はソファーにぐったり座り込んだ。
そこで私が助け舟。
「そりゃそうだよ。お父さんが亡くなったあと、
あとかたずけに一年近くかかったのだもの。
役所だけで10回以上通ったんだよ」
(実際そうでした。
役所通い7回まで数えましたが、あとはあきれてやめました)
「ほう」「いいよ。私が代わりにやっといてあげる」
「そうか。じゃ、たのむゎ」
ポーンと寄こした大きな茶封筒からバラバラと
中身が落ちてきた。
手に取ると住民票やら、戸籍謄本など役所の手続き書類が
何通も。
そうなんだよなぁ。ほんとこの世なのか日本という国が
几帳面というか厳格というか
まあそれで日本は秩序が保たれているんだろうけど。
(まあ近頃は少し怪しくなってきてるけどね)
父はあの世は楽だぞと言わんばかりの顔で
安心したのかベットにごろりと横になってしまい
そこで夢が終わった。
幼いころ(今でもそうだが)飽きっぽい私が「あーんもうめんどくさい」
と喚くと、よく父が「人間、何事にも辛抱が肝心だ。
辛抱は心棒に通ず」と言っていた。
その父が、あの世ではすっかりズボラ?になっているところが
なんとも人間臭くて?可笑しい。
手続きは面倒でも、生きることには面倒を楽しんだほうがいいのかもしれない。
スタップ細胞を発見した小保方さんは「今日一日だけ、もう一日だけ」
と思って研究に励みましたと、穏やかな笑みを浮かべながら
過ぎた辛苦の日々を懐かしむように語っていました。
「ありえない」「愚弄だ」泣き明かした夜明けさえも
彼女は金色に輝く朝日のごとくに
全て受け入れ抱きしめているに違いない。
あきらめではなく、ましてや逃げでもない。
「すべて受け入れた」その先に待っていたのが
今日に繋がったのだと思う。
「ヒャッㇹー」テレビの前で大声で叫んだ
おばさんがいたことをこれからも励みに?
彼女には研究を続けていってほしい。
彼女がつけていた指輪に注文が殺到しているそうだが
私の品格、品性には到底似合わないので
(あれは彼女の指でこそ)
せめて割烹着ならぬエプロンを身に着け
日本の文化と評された和食づくりに励もうと思う。
と言ってもひじきの煮つけやきんぴらごぼうの類だが、、、。
心棒はあいかわらずヨレヨレで、
近頃は足元もヨロヨロに近づいてきた感が否めないが
人間長生きしてみるもんですね。
こんな素敵なニュースに遭遇できたことに
感謝です。小保方さんほんとありがとう。
そしておめでとうございます。
心よりお喜び申し上げます。今日も最後に昨日散歩の途中で出会ったお寺の門前の言葉をここに記して終わりにします。「心に財をつまりて給うし」