謝罪の言葉は感謝の気持ち

こんにちは 皆さんお変わりございませんか?
早いもので一月も半ばを過ぎ、
寒い中、日々お元気でお過ごしの事と存じます。
私もお陰様で風邪もすっかり治り、毎日元気で過ごしております。

さて年明け早々から、陰惨な事件が相次ぎ、
毎日殺人事件のニュースを聞かない日がありません。
「いい加減におし」と一喝したい気持ちでいっぱいです。

渋谷の夫殺しは、バラバラにしてあちこちに捨てたことや、
友人が容疑者と会話したテープがテレビで流されるなど
センセーショナルな報道がなされているためか
この事件の本質というか視点がぼやけてしまい
見ようによっては、「こんな恐ろしい事、私はしない」とか
「よく生首持って歩けるわね」とか興味一片で物事を
終息させてしまう危険をはらんでいると考えてしまいます。

私に言わせると、この事件は夫婦関係、または人間関係の
基本を忘れているから起こるべくして起きた
決して他人事ではない、まして特別な事件でもなく
相手に対して感謝の気持ちを忘れると極限に待っているのは
「こういうことなのですよ」という「戒めの教訓を持った」
事件と受け止めております。

「彼は一度として「悪かった」という謝罪の気持ちがなかった」
と彼女は言っていますが
私は彼女に問いたい。「それではあなたはどうだったの」と。
こういうことを「自分のことは棚に上げて」。と言いますが
まさに彼女は自分を「棚に上げてしまった」のです。

前回のブログでも申し上げましたが、この夫婦の日常のやり取りの中で
互いが譲り合う気持ちや
相手の立場に立って考えるものの見方があったなら
二人の関係はここまですれ違う事は
なかったであろうと私は考えます。
「相手を立てる」。
これは夫婦であろうと、年下であろうと、他人であろうと関係ない。
一瞬でも言葉を交わす機会が生じたら、心していただきたい気構えの一つである。

日常生活で相手を見くびっていませんか?下に見ていませんか?
軽んじて接していませんか?いい加減な言葉やぞんざいな言葉を多用していませんか?

また喧嘩両成敗、喧嘩になったのもお互い5分と5分。
「私の方にも落ち度が合った。」
こうした冷静さを取り戻すためには、
自分ひとりで自分自身と向き合う時間が必要です。
誰かに聞いて欲しくて、すぐに携帯の電話に手をかけるのではなく、
そこをグッとこらえましょう。
まくし立てて冷静さが生まれるはずがありません。
相手を責め続けるだけで、己が見えてきません。
己が勝ちたかったら己を見つめ直した方が絶対的に有利ですよ。

自分の落ち度という気付きを得ましょう。
相手を立ててあなたが下になったからといってあなたが負けた訳ではありません。
あなたは自分の「我」を得たのです。
本物の揺ぎ無い「吾」を得ることになるでしょう。

時には「我の張り」も必要ですが、それはどうぞご自分に向けて下さいませ。
相手に向ける「我の張り合い」はただの可愛げのない
意地っ張りでしかありませんから。

そして自分が間違っていたと気づいたらすぐさま口にして謝罪を述べましょう。
「ごめんなさい」「申し訳ありませんでした」
素直に謝られたら誰だって嬉しいでしょ?
女なら可愛い人になりましょうよ。
男ならカッコイイ人になりましょうよ。
「あなたと喧嘩したお陰で私は謝る事を一つ覚えました。
あなたのお陰です。成長させていただき感謝しています。」
こう言える大人を私は目指して行きたいです。
それでは皆さんごきげんよう

youko

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