コミュニケーションで癒しの心を

皆さまお久しぶりでございます。
ご機嫌いかがお過ごしでしょうか?

明治13年に気象庁が観測を始めて以来
113年で最高の猛暑ということで、
連日の酷暑に皆様方さぞやお疲れのことと存じます。

私などはもう年のせいで、外出は極力控え
まさに巣篭もり生活の日々で
この夏を過ごさせていただきました。

実際7月のお盆に父の墓参りの参りました際、熱中症にかかり
夜中に救急車を呼ぼうかと思ったほど心臓が苦しくなってしまいました。

幸い冷たい水やら、氷枕で頭を冷やすなどの初期の措置で
(主人の献身的な介護のお陰?)
動悸も収まり、事なきを得ましたが
「このまま死んじゃうのかな?」と思ったほどでした。

何度か重病を患いましたが、50年生きてきて自分の体の異変で
「怖い」という観念に囚われたのは今回が生まれて初めてでした。

日傘をさしておりましたものですから、たかだか
34度の気温と軽く考え、午後の一番暑い時間帯に
2時間近く散歩がてらと調子に乗ってしまったばかりに
あやうく命を落とすところでした。

ほんと皆様もどうぞお気をつけてくださいませね。

怖いと言えばこの夏は本当に世の中ぞっとするような事件の
連続でございましたわね。

かわいい盛りの2児を見捨てて、遊び呆けた母もいれば、
自分の親をミイラにしてまでも年金を搾取するずる賢い娘や孫には
怒りを通り越してあきれるやら、情けないやら。

そこまでしても金が欲しいのか。
自分を産み、育ててくれた親の弔いもせず
何の後ろめたさも感じず日々生きていたとしたら
そこまで人の心が壊れてしまったのか?と
考えただけでぞっとする。

血の繋がった親子でさえ、こんなに簡単に壊れていく。
他人同士なら尚の事、夫婦だって元は他人同士。
心を砕いて、心血通わせなければ
惚れたはれたの関係だって
いとも簡単に崩れてゆく。

「癒し」という言葉が人々の口から発せられるようになったのは
いつ頃からだろうか?

少なくとも私が子供時代は大人の口から聞いたことないなあ。
まして子供同士使ったことのない言葉だし、
私自身も正直あまり使わないなあ。

昭和の時代は、日々の生活に追われて、
生きていくのが精いっぱいだったから
「ああ疲れた」という言葉止まりで
「(誰かに、何かに)癒されたい」という
感覚にならなかったんだろうな。

「癒し」が「癒されたい」と使われ
「癒してあげたい」という言葉にならないところに
現代の人々の心の疲れを感じるのは私だけだろうか?

「陽子ちゃんとおしゃべりすると元気になる」と言うありがたい言葉は
何度となくいただいたが、
私は性格がきついせいか「陽子ちゃんとおしゃべりすると心が落ち着く」と言う
言葉は残念ながら?この歳まで一度もない
(主人なんか間違ったって言ったためしなし)

ところが世の中にはいるんだよね。こういう心を落ち着かせてくれる人が。
私も友人でいるのだけれど、思い起こすと
彼女に電話するのは自分自身の心が少しくたびれている時だもんね。

ほんと心に一服の清涼感を与えてくれるんだよね。
彼女寝たきりになった御主人の面倒看て
もう8年になるんだけどね。
そんな苦労微塵もみせないどころか、私に元気パワーいつも
与えてくれるの。

苦労をかって出る人はそれだけでおのずと
人を癒し、
苦労を厭わない人はそれだけで自らを
癒している。
彼女と話しているといつもそんなこと思う。

あのね、話し横道それるけど、
友達は自分と性格が似通った人ばかりじゃ
面白くないよ。

だって心落ち着く人ばっかり固まっててごらんよ。
元気になりたい時に、誰に電話していいか解んないでしょ。

キャピキャピもいれば、まったりな人もいて
その時に応じて友人を使い分ける(なんて言い方友人には悪いが)
それぐらいの度量がほしいな。

もちろん底意地が悪いとか、素行に問題ありとか、金に汚いなんていう
ヤツは論外としても、「少し性格が合わないな」で
毛嫌いするようじゃもったいないな。

自分にはないものを持っている。
それも上玉を持ち合わせている。

自分磨きという言葉があるけど、自分ひとりで磨き上げるのは
限度ってもんがあるよ。

自分を磨いてくれる手っ取り早くて上等な手段は
やっぱり他人だと思うよ。

上等な人間(賢い人間)は
必ずや他人まで引き上げてくれるよね。
もっとかっこいいのは「引き上げてやった」なんておくびにも出さないでさ。
どこ吹く風ですまして、そうやって自分自身もステージを上げていくんだよね。
ああそんな人間にあたしもなりたいよ。

だから「進んで、他人と交わんな」と声を大にして言いたい。
だから「教室内で、先生の話しを聞くだけじゃなくて他の生徒さんとしゃべんな」と
しつこいようだけど
おばさんは何度でも言わせていただきます。

ああそうだ。またまた横道逸れるけど、「自分磨きは死ぬまでやんな」と
言いたいけど、似たような言葉で得てして非なるもの

「自分探し」はある年齢までいったらやめたほうが身のためだよ。と
おせっかいついでに言っとくね

ある歳ってどこなんてやぼなこと聞くんじゃないよ。
ひとそれぞれだからさ。
まあ、結婚したら正直落ち着いてほしいなっていうのが
おばさんの本音って言えば本音。

ただし、その年齢まではそれこそ必死で
探して探して、探しまくってほしいな。

「たとえ今は見つからなくても、必死でもがいた経験は
必ずや後の人生に生きる」
あれ?これどこかで聞いたセリフ。
そうです。
今や国民的番組と化したあのドラマ「ゲゲゲの女房」で
向井君演じる水木しげる先生の名ぜりふの中の一つです。

いやーハマった。ハマった。こんなにハマったのは
同じく朝ドラの「おしん」以来(古ッ)。

ハマったというより正に鬼太郎ならぬ
「テレビ妖怪観太郎?(みたろう)」なる者に
「取り付かれた」と言う方が正解かも。

朝観て、昼観て、夜のBS観て
土曜日一週間分をまた観て、
あきもせず?同じシーンでぼろぼろ涙こぼして
せっせ、せっせと「ゲゲゲ魂?」を磨いたわよーん。
あーあほんと忙しい夏だったわ
(どこが忙しいんじゃい。どうりで巣篭もってたはずだ)

今月で終了しちゃうけど、終わったら脱力感に襲われそう。
干からびてそれこそ心が「チョコシ」ミイラに?なっちゃうかも
あーッシゲ―ッさん(ここはイカル風に)
癒してくれーッ。(こっちはイトツ風で)

心はいつまでも熱く燃えたぎっていたいですが、
そろそろ秋風が恋しくなって参りました。
まだまだ熱帯の日々は続きそうですが
どうぞ皆様お体にはくれぐれもお気をつけてくださいね。

今日も読んでいただきありがとうございました。
それでは ごきげんよう。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>