ありのままに生きる

「バサッ」音をたてて私の足元に一冊の本が転がり落ちた。

それは今から3年前の出来事。

震災で実家が傾き、これ以上ここで母を介護することが困難になったため

思い切って、引っ越しを決めたのは、震災後わずか一か月足らず。

6月末の引っ越しに向けて片づけを兼ねて

その日も私は荷物整理に追われていた。

大方の荷物を段ボールに詰め,あとはリサイクルショップ等の

引き取りを待つばかりだった。

八畳の間にデンと鎮座ましましていた箪笥もその一つだった。

「マンション住まいで持っていけないもんね」

結婚前のバブル期に大金はたいて買ったものだったが

今の私にはすでに無用の長物になってしまった。

「残念だけど、いたしかたないよね。第一地震で倒れでもしたら

それこそ本末転倒だわよ」

「でも長い間、役にたってくれてありがとう」

心の中でつぶやいた。

扉の中はすでに空っぽだったが、

「まさか?箪笥の上、何も無いよね?」

不意にそう思って、つま先立ちで手を伸ばした。

その時、足元に落ちてきたのがその本だった。

「何?この本?」

見覚えがなかった。

本のタイトルは「ありのまま」

京都法然院のご住職が書かれた本だった。

「母ちゃんが買ったのかな?」

ペラペラっとめくると

「あっ」思わず声をあげてしまった。

本の中ほどのページの写真集に見覚えがあったからだった。

静かな緑深いお寺のたたずまい。

苔むした石の小さなくぼみに浮かぶ蓮の花。

ご住職の袈裟の後ろ姿を見た時は「間違いない。この本買ったのは私だ」

そうつぶやく他なかった。

でもまてよ。いつ買ったんだろう?

まだ思い出せなかった。

初版が2006年。二刷が2007年か。

この年は、私は重篤の肺炎を患って入院した年だ。

翌年なら、母の様態が怪しくなり始め横浜の実家に通う回数が増え始めた時。

いずれにしても、穏やかな日常からはかけ離れた生活が始まった頃だ。

うーん?でもまだ思いだせない。

表題の横の小さな文字は「丁寧に暮らす、楽に生きる」と書いてある。

丁寧な暮らしなどしたことがあっただろうか?

憧れこそすれ、日々の暮らしは慌ただしく、性格は何より飽きっぽい。

瞬発力はあっても、持続力が無いことだけは当の昔に悟って?いる。

「本屋に並んだ背表紙の言葉そのものに引かれて買ったのかしら?」

 

帯カバーには「明日もなんだか大丈夫という気持ちになる。

疲れが静かに消えていく」と書かれていた。

今まさにこの言葉が沁みてゆく。

思わず片付けの忙しさも忘れそう。

時間の流れがそこだけゆっくり回っている感がした。

 

それにしても1500円も払って買った本の中身が全く思い出せないなんて。

嫌だ。私呆けたのかしら?母ちゃんは80過ぎて呆けたからまだいいけど

50歳になったばかりの私が今から呆けてどうする?

いくらなんでも早すぎんじゃない。

いや待てよ。買っただけで読んでないのかも。

うん、それなら納得がいくよな。

 

さらに本文を読み進めてみた。

其処には日々の生活の何気ない一コマに対する

意識の高さ、美意識とでも言おうか

仏の教えだから、さしずめ説教なのだが

嫌みなく、当たり前なのに、いや当たり前だからこそ

日々忘れてしまった(埋もれてしまった)

どうでもいいようなものになってしまった事柄(挨拶、掃除、食事作法など)

に対する感謝の念が綴られていた。

 

時間が無かったので、その日は最後のページに進んでしまったが、

思い通りにはならなくても自分なりにやれることをやっていけばよいのですね。

「信じるこころ」があれば今この人生があるのです。と結んであった。

 

そこでようやく私は思い出した。母が入院した2008年の暑い夏。

毎日、毎日病室に通い、体だけでなく「お母さん、もうお一人では暮らせませんよ」

しっかり者の母が痴呆を患ってしまったショックと

それを受け入れならざる得ない心の葛藤。

要介護3の認定を受けた母を自宅で看ようと決心しながらも

退院後どんな生活が待ち受けているのか?

不安ばかりが先行して、それでも容赦なく日々は過ぎてゆく。

 

真夏の暑さも手伝って、一日も欠かさず通い続けた私の体はすぐに悲鳴を上げた。

母のベットの横で点滴を受けた日もあった。

 

きっとこの本の文章ではなく、先の写真のページに心が奪われたに違いない。

そう思ったのは母が亡くなったのちこの本を再び手に取った時だった。

疲れていたのは体だけではなかった。

何よりも心が疲れていたのだ。

本を買ったことさえ忘れてしまうほどに

あの頃の私は心が果てていたのだ。

 

文章など読まず、この本のタイトルと

深淵の緑と光に揺らめく水の文様に

私はただただ癒されたかったに違いない。

 

ありのままは母のありのままを受け入れなければと

必死でもがいたあの頃の私の心そのものだった。

 

母のありのままを受け入れるには私が

ありのままでいなければいけないと

試されていると感じた時でもあった。

 

隠せない。医者や看護士さんにはもちろんのこと、

病室の人々やその家族。

見舞いの来てくれる母の友人、知人、親戚そして私の友人にも。

もうすぐ帰る実家のご近所の人々。

隠さない。皆に知ってもらおう。

母の様態はもちろん私と母の介護生活のすべてを。

 

そう思った日から心が軽くなった。

何でも包み隠さず話せるようになった。

「陽子ちゃん、お母さんの具合どう?」

「うん、自分からは話せないけど理解力はある」

「ご飯はどう?」「私が食べされるけど残さすに食べてくれるの」

「それはよかった」「そうなの。ありがたいの」

私が明るくなれば、母の様態も安定した。

リハビリも「楽しいよ」と進んでやってくれた。

 

痴呆は治らなくても、悪化するスピードは緩やかだった。

次第に私も「私自身の体の声」が聴こえるようになり

悪化する前に体を休ませることを覚えた。

 

それは母の体に対しても同様だった。

自分の心の余裕が母の介護への余裕になっていた。

(実際はアップアップだったが、皆に助けてもらわなければ

もっと悲惨であったことは間違いない)

 

母を亡くして半年。もうすぐ新盆になる。

母はいろんなことを残していってくれた。

改めて母に感謝するとともに助けて下さった全ての方に感謝だ。

 

ありのままでという歌が巷で流行っている。

いかにこの世で生きるのが息苦しいのか。

ヒットするのはその反転であろうと

私は自分の経験から推測する。

 

貴重で尊い経験をさせてもらった。

今はそれこそありのまま生かさせていただいている。

 

隣国からミサイルが飛び、大陸との関係も甚だ危うく

国内では60年ぶりの大転換で

不穏な空気が漂っているが

一人一人がありのままに生きられることを

私はただただ願うばかりだ。

 

皆様に幸あれ。ごきげんよう。

 

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