鐘撞きは現代版МRIだった。

 

 

「はい、鐘の中へ入って」

「へっ?」

何が何だかわからぬまま、言われるままに

夫は脚立に登り、そのままお堂の鐘の中に頭を突っ込んだ。

(うーん、何か病院のМRIみたい)

「はい、煩悩を振り払うよ」

「えっ?」

(もしかして、鐘撞くの?)

思った瞬間、ゴーン。

(ヒヨェー)

あっけにとられて私は言葉も出ない。

夫も棒立ちのまま。

京都山科の人里離れた観音堂にいつまでも

余韻の音が鳴り響く。

 

「はい次、奥さん」

「あっ、ハイ」

覚悟もへったくれもありゃしない。

煩悩を振り払ってもらった?夫は

「感激。感激」とやたら興奮気味。

(鼓膜が破れないのか?)

下手な考えばかりが頭をよぎる。

幸い夫は倒れる様子がない。

(まあ、なんとかなるか)

兎に角、煩悩を振り払ってくれるなら

ありがたいと思う事にするか。

鐘の中で手を合わせ、目をつぶり

ありがたい、ありがたいと唱えるうちに

ゴオオオーン。

 

思ったよりずっと、澄んだ音。

遠くの谷あいからこだましてくるような音。

 

鐘は撞くもので、まさかね

中に入ってゴーンとは。

でも下手に病院行って頭の検査受けるより効き目あるかも。

特にストレスには効果抜群だと思う。

 

聞けば撞いて下さったのは、お堂の関係者でもなく、

お堂を守っている方だという。

お堂の歴史や、謂れを説明して下さった。

湧き水も「好きなだけ汲んでいきなさい」という。

奥から住職の奥様が冷たい湧き水で作ったお茶をご馳走して下さった。

 

鐘は元禄時代、京都のとある有名寺院と縁があるとか。

そんな有難いお堂なのに、一銭も取らず。

取らないばかりか、今日はじめた会った見ず知らずの私たちを

歓迎し、もてなしてくれた。

 

水を汲みの行っただけだったのに、

ひょんな出会いが生んだ縁。

私の煩悩は振り払われたかは?だが、

ありがたき行為の数々には感謝。

 

(うーん、やっぱり現代版МRIだわ)

下界は34度の酷暑。

心に涼風が吹き抜けた一日だった。

 

 

 

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